EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「……何を……言って……」
「だから……彼と一緒に住んでるって言った」
「――……うそ、だろ……?」
 あたしは、力いっぱいに首を振る。
「……ホントだから。……だから……もう、忘れてください……」
「できるか!」
 そう言って、朝日さんは、離れようとする、あたしの手首を掴む。
「――……そんな事……できる訳ないだろう……」
「……お願いだから――……」
 掴まれた手首は、どんどん熱を持つ。
 彼に触れられたら、きっと、あの、幸せだった日々が戻って来るような錯覚をするのに。

「美里――……まさか……アイツと、寝た、のか……?」

 だが、その瞬間、目の前が怒りで赤くなった。


 ――……ああ、あたしは――……誰とでも寝るような女だと思われているのか。


 確かに、彼氏は何人もいた。
 でも、それは……すべて、あたしの選択。

 ――アンタに、どうこう言われたくはない!


「美里!」

「――……仮に、そうだとしても、もう、部長には関係ありませんよね」

「――み……」

 もう、流れてくる涙は止める気も無い。
 あたしは、彼をにらむように見上げた。

「……これ以上は、セクハラとして訴えますので」

「……っ……」

 掴まれた手を無理矢理払いのけ、雑に涙を拭うと、あたしは、会議室を出る。
 そして、誰もいない部屋に戻って荷物を持つと、非常階段を駆け下り、泣き顔を隠しながら会社を後にする。
 電車では、目立たないようにうつむいて過ごし、最寄り駅に到着すると、すぐに駆け出した。
 息を切らしながらマンションに着くと、そのまま勢いよく部屋に飛び込む。

「お帰り……みぃちゃん?」

「み……つる……くんっ……」

 今日、彼は、明日出勤の為の代休だった。
 驚いたように迎えてくる彼に、あたしは飛び込むように抱き着いた。
「……どうしたの?」
 優しい声。
 それだけで――ここが安心できる場所だと感じる。
「……くや……しっ……!」
「落ち着いて……ホラ」
 そう言って、あたしを軽々抱え上げると、充くんはソファに座らせた。
 そして、自分は床にヒザをつき、泣きじゃくるあたしを見上げる。
「……コーヒー、淹れようか?」
 あたしは、それに首を振るだけにする。
 こんな気持ちじゃ、せっかくのコーヒーが台無しになってしまう。
 彼は、少しだけ困ったように微笑むと、隣に座り、あたしを抱き寄せ、涙を拭うようにキスをする。
「――……ごめ……ん……ね……」
「いいから。……落ち着いたら、話せる……?」
 あたしは、少し戸惑うが、うなづいた。
 しゃくりあげながら、途切れ途切れ、朝日さんとの事を話すと、充くんは眉を寄せる。
「――……どういうつもりだよ、あの人」
「……大丈夫。……もう、いいの」
 だが、充くんは、あたしを諭すように続けた。
「――良くない。みぃちゃんを傷つけた自覚も無い男を、僕は許せない」
「充くん」
「いっそ、これから抗議に行こうか」
 あたしは、立ち上がろうとする彼の服を掴んで、首を振る。
「……本当に……もう、いいの。……あたしが、どう思われていようと……あの人とは別れたんだから……」
 充くんは、渋々ながら座り直す。
 あたしは、そっと、彼の胸に顔をうずめた。
「……みぃちゃん」
「……ありがと……。……あたしなんかのために、そんな風に怒ってくれて……」
「――当たり前だよ。……大事なんだから」
 充くんは、そう言うと、あたしの頬に口づけ――そして、きつく抱き締めた。
 その温もりに、あたしは甘えてしまう。
「……うん。……でも、どうせ、あと少しで辞めるんだし――もう、どうだっていいの」
 すると、彼はあたしを離し、頬を撫でてくれる。
 そんな甘い温もりにひたろうとしたけれど――出てきた言葉は、甘くなかった。

「みぃちゃん……仕事を辞めるまでは、そんな気持ちでいたらいけない」

 彼は、あたしを真っ直ぐ見て、続けた。

「――僕が、一緒に仕事をしてきたキミは――いつだって、一生懸命だったじゃない」

「……充くん」

「……最初は偶然だったけれど……そんな、みぃちゃんを知って、どんどん好きになったんだから」

 あたしは、視線を下げて、うなづいた。
「……ごめん」
「――だから……辞めるその日までは、つらくても、ちゃんと向き合ってみようよ」
 充くんは、あたしの顔を両手で包んで上げると、そう言って微笑んだ。
 その言葉に、笑顔に――荒んでいる心は、少しだけ大人しくなる。
「……やっぱり、充くん、年上なんだね……」
「そうだよ。――だから、ちゃんと、言うコト聞きなさい?」
 ようやく、クスクスと笑い合え、いつの間にか、あたしの涙は止まっていた。
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