EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
その日の昼休み、小坂主任達が珍しく社食に行く事もなく、デスク周りでたむろっていた。
「ホントなの、それ⁉」
かなりのテンションの高さで声が響き、あたしは思わず眉を寄せながら、彼女達の脇を通る。
――けれど。
「あの女、最初から、部長狙ってた訳ってコト⁉」
――え。
反射で小坂主任を見やってしまい、目が合う。
すると、彼女は何かを勘づいたように、あたしに言った。
「白山さんも見たでしょ、あの、部長の大阪時代の部下の女。向こうの人間の話じゃ、入社時から部長に迫ってたらしいのよ」
「――え」
反応を返すあたしに驚いたのか、主任は更にテンションを上げた。
「やっぱり、驚いた⁉まあ、事件はかわいそうだと思うけど、それだって、部長が気に入ったから、元カレをあっさり捨てたのが原因だったようなのよ」
最悪よねー、などと、再び取り巻きの女性達と話し始めた主任の元をどうにか去り、あたしは階段を上って行く。
お昼のバッグを持った手は震え続けている。
――……それじゃあ……朝日さんは……。
あたしは、階段に腰を下ろすが、まだ、気持ちは落ち着かず、お昼を広げられずにいた。
「美里」
すると、足元から聞き慣れ過ぎた低い声が届く。
「――……部長」
朝日さんは、何も持たず、あたしの隣に座った。
――……逃げようと思えば逃げられるのに……何で……あたしは、動かないんだろう……。
彼は、そんなあたしを見やると、真っ直ぐ正面を向く。
「……朝、水沢がマンションで待ち伏せていた」
口を開いた彼から出た言葉に、あたしは、反応を返せず、ただ下を向く。
「……あれから……何度も来ては、結婚を迫ってくるのを、すべて断った」
無言のままのあたしをどう思っているのか――更に、淡々と続ける。
「お前がいるから。――オレはもう、一生、お前しか愛せないし、お前以外は誰も欲しくない――そう、伝えた」
その言葉に、胸が締め付けられる。
でも、純粋にうれしさを感じるには――もう、遅いんだ。
すると、恐る恐る、朝日さんの指があたしの頬に触れた。
「――泣かないでくれ、美里」
「……え」
いつの間にか、頬に涙が伝っている。
あたしは、驚いて、すぐに自分の手でこすった。
けれど――一度流れ始めた涙は、そう簡単に止まってくれなくて。
ついには、彼が、自分の方へ引き寄せた。
「……部長……」
「――……今だけだ」
わかっているのに――離してほしくないって思ってしまう。
「……言い訳になるが……水沢の相談を切って捨てたのは――アイツが、それまで、何度も同じ作り話をして、オレの部屋にまで入り込んできたせいで……」
あたしは、眉を寄せて顔を少しだけ上げる。
涙は、まだ、瞳にたまり続けていた。
そんなあたしを見ず、彼は悔しさをにじませるように、ポツリと言った。
「……まさか……本当の話になるなんて――思っていなかった」
「……朝日さん」
思わず口からこぼれた名前に、彼は我に返ったようにあたしを見た。
「……美里」
「……それでも――彼女の傷は、消えないんですよ」
それは――……きっと、女性にとっては、致命的で。
もう、恋愛どころか、人生だってあきらめてしまうほどなのかもしれないのだ。
けれど、朝日さんは、首をゆるゆると振る。
「だが……オレが……謝罪に行った時……彼女の母親が言ったんだ。――傷は、確かに残るが……見えるかどうかまで、小さくはできるだろうと」
「……え?」
「それには、手術が必要だそうだが……。けれど、水沢は、頑なに拒否していて――」
母親は、パニックになったんだろうと、娘を思い、それ以上強くは勧めずにいたようだ。
――……でも、それが事実なら――。
あたしの脳裏に、朝の彼女の言葉と、その時の違和感がよみがえり、ようやく腑に落ちた。
――……そうか。
あの女は――ずっと、朝日さんに近づきたくて――でも、きっと、取り合ってくれなくて。
作り話が本当になった時――チャンスだと思ってしまったんだろう。
――それで、みんなが苦しむのを、きっと、わかっているはずなのに。
どんな事をしても、朝日さんを振り向かせて――そして、一生を共にする。
きっと、責任という言葉で縛り付ければ、彼の事だ――拒否できるはずも無い。
そう、思って。
「ホントなの、それ⁉」
かなりのテンションの高さで声が響き、あたしは思わず眉を寄せながら、彼女達の脇を通る。
――けれど。
「あの女、最初から、部長狙ってた訳ってコト⁉」
――え。
反射で小坂主任を見やってしまい、目が合う。
すると、彼女は何かを勘づいたように、あたしに言った。
「白山さんも見たでしょ、あの、部長の大阪時代の部下の女。向こうの人間の話じゃ、入社時から部長に迫ってたらしいのよ」
「――え」
反応を返すあたしに驚いたのか、主任は更にテンションを上げた。
「やっぱり、驚いた⁉まあ、事件はかわいそうだと思うけど、それだって、部長が気に入ったから、元カレをあっさり捨てたのが原因だったようなのよ」
最悪よねー、などと、再び取り巻きの女性達と話し始めた主任の元をどうにか去り、あたしは階段を上って行く。
お昼のバッグを持った手は震え続けている。
――……それじゃあ……朝日さんは……。
あたしは、階段に腰を下ろすが、まだ、気持ちは落ち着かず、お昼を広げられずにいた。
「美里」
すると、足元から聞き慣れ過ぎた低い声が届く。
「――……部長」
朝日さんは、何も持たず、あたしの隣に座った。
――……逃げようと思えば逃げられるのに……何で……あたしは、動かないんだろう……。
彼は、そんなあたしを見やると、真っ直ぐ正面を向く。
「……朝、水沢がマンションで待ち伏せていた」
口を開いた彼から出た言葉に、あたしは、反応を返せず、ただ下を向く。
「……あれから……何度も来ては、結婚を迫ってくるのを、すべて断った」
無言のままのあたしをどう思っているのか――更に、淡々と続ける。
「お前がいるから。――オレはもう、一生、お前しか愛せないし、お前以外は誰も欲しくない――そう、伝えた」
その言葉に、胸が締め付けられる。
でも、純粋にうれしさを感じるには――もう、遅いんだ。
すると、恐る恐る、朝日さんの指があたしの頬に触れた。
「――泣かないでくれ、美里」
「……え」
いつの間にか、頬に涙が伝っている。
あたしは、驚いて、すぐに自分の手でこすった。
けれど――一度流れ始めた涙は、そう簡単に止まってくれなくて。
ついには、彼が、自分の方へ引き寄せた。
「……部長……」
「――……今だけだ」
わかっているのに――離してほしくないって思ってしまう。
「……言い訳になるが……水沢の相談を切って捨てたのは――アイツが、それまで、何度も同じ作り話をして、オレの部屋にまで入り込んできたせいで……」
あたしは、眉を寄せて顔を少しだけ上げる。
涙は、まだ、瞳にたまり続けていた。
そんなあたしを見ず、彼は悔しさをにじませるように、ポツリと言った。
「……まさか……本当の話になるなんて――思っていなかった」
「……朝日さん」
思わず口からこぼれた名前に、彼は我に返ったようにあたしを見た。
「……美里」
「……それでも――彼女の傷は、消えないんですよ」
それは――……きっと、女性にとっては、致命的で。
もう、恋愛どころか、人生だってあきらめてしまうほどなのかもしれないのだ。
けれど、朝日さんは、首をゆるゆると振る。
「だが……オレが……謝罪に行った時……彼女の母親が言ったんだ。――傷は、確かに残るが……見えるかどうかまで、小さくはできるだろうと」
「……え?」
「それには、手術が必要だそうだが……。けれど、水沢は、頑なに拒否していて――」
母親は、パニックになったんだろうと、娘を思い、それ以上強くは勧めずにいたようだ。
――……でも、それが事実なら――。
あたしの脳裏に、朝の彼女の言葉と、その時の違和感がよみがえり、ようやく腑に落ちた。
――……そうか。
あの女は――ずっと、朝日さんに近づきたくて――でも、きっと、取り合ってくれなくて。
作り話が本当になった時――チャンスだと思ってしまったんだろう。
――それで、みんなが苦しむのを、きっと、わかっているはずなのに。
どんな事をしても、朝日さんを振り向かせて――そして、一生を共にする。
きっと、責任という言葉で縛り付ければ、彼の事だ――拒否できるはずも無い。
そう、思って。