EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「――……わかり……ました……」
「美里」
 あたしは、涙をこすると、立ち上がった。

「――お話は、以上でしょうか」

「み……」

 そして、彼を見下ろす。

「――……もう、あたしには、関係の無い話です」
「美里」
「……そこまでして、部長に振り向いてもらいたい水沢さんの気持ちは――あたしには、責められるものではありませんので――」

 ――……手段は正当ではない。でも――気持ちは、わからなくもないのだ。

 朝日さんに――好きな人に振り向いてもらいたい。
 そのためには、何だってする。

 それは……あたしにも、わかってしまう気持ちだから――……。

 たとえ、誤解が解けようとも、彼女の気持ちはウソではないのだ。

 あたしは、そのまま、階段を下りていく。
 朝日さんは、何か言いかけたけれど――それは、階下から聞こえる女性社員のざわめきに止められ、わからずじまいだった。


 終業後、社屋を出ると、正門前で水沢さんの姿を見つけてしまい、思わず視線を逸らす。
 彼女は、通り過ぎていく社員に紛れたあたしを見る事もなく、ひたすら正面玄関を見つめていた。
 それは――たぶん、朝日さんを待っているのか。
 この先、彼がどの選択をしようとも――もう、あたしには、関係無いのだ。
 そう言い聞かせ、マンションに帰った。

「お帰り、みぃちゃん」

「――ただいま、充くん」

 今日は、代休のせいか、彼が夕飯の支度をしてくれていた。
「ありがと。ご飯作ってくれたの?」
「うん。ホラ、いつも、みぃちゃんが作ってくれてるからさ。――ま、簡単なもので悪いんだけど」
「そんな事無いよ。……うれしい」
 二人で笑い合い、支度を済ませ、食卓に着く。
 家族ごっこも、もう、”ごっこ”という認識が薄れてしまいそうだ。
「……今日は、大丈夫だった?」
「え?」
 すると、気まずそうに彼が尋ねてくる。
 あたしが、キョトンとして返せば、苦笑いが返ってきた。
「……ううん、ホラ、まだ彼が上司だし。……パワハラとか、大丈夫?」
「うん。――……それは……まあ……」
 言い淀んでしまうのは――彼の感触を、忘れられないから。
「ホント?」
「ホントだよ。……ありがと」
 充くんは、うかがうようにあたしをのぞき込むが、すぐに食事を再開する。
「……何かあったら、ちゃんと言ってね?」
「うん」
 それだけ言うと、話題はささやかなものに移り変わっていった。
 夕飯の片付けを終え、あたしは、ソファに座ってスマホを取り出すと、部屋探しと職探しを始める。
「――……決まった?」
「……ううん……やっぱり、いろいろ考えちゃって」
「……そっか……」
 そう言いながら、充くんは、あたしの隣に座り、のぞき込んできた。
「……東京とか、出るの?」
「わかんない。……ただ、遠くに行きたいって……それだけ……」
 朝日さんを忘れられるとは思えないけれど――せめて、思い出せないくらいに忙しいところが良い。
 そんな風に探しているから、簡単に見つかるはずもなく。
「……そっか……」
 彼は、そう言って、あたしの手を握る。
「充くん?」
「――……離したくないなぁ……」
「え」
「……せっかくの家族ごっこ、まだ、終わらせたくないんだ……」
「――……うん。……でも……ごめんね……」
 すると、彼は、首をゆるゆると振る。
「――……気にしないで。……ちゃんと、契約書、作ったでしょ?」
「……そうだね」
 あたしは、苦笑いでうなづいた。

 ――……もう、お互いに――この生活が終わりに近づいているのは気づいていた。
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