EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.39

 いよいよ、明日で月末だ。
 辞表が朝日さんのところで止まっていようとも、退職するという意思は揺るがない。

「――おはようございます」

 部屋に入れば、いつものようなざわつき。
 みんな、自分の仕事に忙しくしている。
 それも、いつか――懐かしく思い出せるんだろうか。

 あたしは、何ら変わる事も無く仕事をする。
 高根さんとの企画も、後は細々した事を決めるだけだが、それは、もう、次の人が担当する事になるだろう。
 不備が無いように、書きなぐっていた引継ぎ事項を淡々と打ち込み、めどをつけると、ヘルプマークを見やり手伝いに入る。
 朝日さんは、今日、遅刻寸前に出社したので、特に言葉を交わす事も無く時間は過ぎていた。
 もしかしたら、また、水沢さんが待っていたのかもしれない。
 ……でも、もう、あたしには、関係の無い事だ。

 ――……ようやく、明日で、最後。

 辞表は、もう一つ手元にある。
 もしも、朝日さんが止めているのなら――直接、社長に提出するだけ。
 ああ、でも、人事の方で良いのかな。
 別に、役職がある訳でもない、一般社員だもの。
 後は――残っていた有給、少しだけ使わせてもらおうかな。
 そんな事を、つらつらと考えながら、終業時間きっちりにタイムカードを先に切ると、今度は身辺整理を始める。

「白山」

「……申し訳ありません、明日で最後ですので。……タイムカードは切っております」

「辞表は、まだオレのところだ」

「それならそれで構いません。もう一通持ってますので、これは、人事に提出でしょうか」

「白山!」

 怒鳴るような声に、思わず肩をすくめてしまう。
「――……っ……わ、悪い。だが、辞めさせるつもりは無い」
「……それは、パワハラですよね」
「もう、そう取ってもらって構わない。何なら、監査部にでも訴えろ。――それでも、お前が必要だから、辞めてもらったら困るんだよ」
 あたしは、手を止め、彼を見やる。
 にらみつけるようになってしまうのは、仕方ない。

「――必要だって言えば、素直に従うとでも?」

 そんな風に、その言葉を使わないで。
 あたしにとって――大事なものなのに。

 朝日さんは、一瞬気まずそうに視線を逸らすが、すぐに戻した。
「……悪い。……そんなつもりじゃなかった」
「……いえ。では、作業を続けますので」
 あたしは、それ以上言わせないように、手を動かす。
 彼なら、気づくはずだ。
 無言のまま、約一時間ほど片付けや、引継ぎのメモの用意をして、席を立った。

「申し訳ありません、遅くなりました」

 あたしは、朝日さんに頭を下げると、部屋を出る。
 彼は、すぐに机の上を片付け、あたしの後に続いた。
 結局、あたし達が最後なので、もう、部屋の明かりは消えて、外も薄暗い。
「……送る」
「……必要ありません」
「――……駅までくらい、送らせろ。……心配なんだ」
 あたしは、視線をほんの少し向けるが、すぐにうつむいた。

 ――……お願いだから……もう、やめて。

 離れる決意が、揺らぐじゃない。

 二人で従業員出入口から出ると、正門へ向かう。
 後、数メートルというところで、人影が見え、思わず足が止まった。

「――水沢?」

 隣の朝日さんは、戸惑うように、その影に声をかける。

 ――けれど――次に視界に入った彼女の表情は、怒りでしかなかった。

「何で、まだ、その女と一緒なのよ!あたしと結婚するんじゃないの⁉」
 言いながら、彼女は、あたし達の方へイラついたように歩き出す。
 朝日さんは、そんな彼女を諭すように言った。

「それはできないと、何度も言っているだろう!」

「そんなの、納得できる訳ないじゃない!あたしの人生、台無しにしたクセに、自分だけ幸せになろうっての⁉」

 彼女の反論に、朝日さんは、一瞬口ごもる。
 けれど、あたしをかばうように前に立ち、毅然とした態度で言い切った。

「――お前への責任と、美里への想いは別問題だ」

「ふ……ふざけないでよ!」

 彼の背中しか、あたしには見えない。
 でも――彼女の表情は、不思議と想像がついた。


 ――……手に入ると思ったものが、すり抜けていく絶望感。


 ……それは――あたしにも、覚えがあるから。
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