EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.40

 それから約ひと月半――退院が決定されるまで、朝日さんは、毎日毎日、欠かす事なく、あたしのところに来てくれた。
 最初のように、仕事を持ってくるのも支障が出てきたのか、一日いる事は無くなったけれど、面会時間ギリギリになろうと、必ず顔を見せてくれて。
 その間に、病院内で彼に向けられる視線は増えたが、何を言われても、妻が心配なので、の、一言で黙らせてしまった――とは、看護師さん達からの情報だ。
 日に日に機嫌が良くなる朝日さんを見て、あたしの決心は揺らぎそうになるが――その度に、無理矢理気持ちを押し込める。

 ――……どんなに、彼が言葉を尽くしてくれても――

 あたしには、もう、誰かと幸せになりたい気持ちは持てない。


 退院の準備をしていると、年配の看護師さんが手続きの書類を持って来た。
「明日、九時退院で、大丈夫ですね?」
「――ハイ。ありがとうございました」
 あたしが頭を下げると、彼女はニコニコとしながら言う。
「旦那さん、上機嫌だったわねー。ようやく退院だって」
 もう、病院では、既に夫婦として認識されているが、否定するのもいろいろと面倒になりそうなので、やめておいた。
 まるで、高根さんとの家族ごっこのような、朝日さんの言動を、今さら咎めるのも気が引けたのだ。
 あたしは、隙間なく詰め込んだバッグのファスナーを閉めると、彼女に頭を下げる。
「お世話になりました」
「いえいえ。後は経過観察で、再来週に外来予約入れておきましたよ。ただ、痛みが出たら、すぐに来てくださいね」
「……わ……わかりました」
 思わず口ごもってしまうが、あたしの事情は、彼女には関係無い事だ。
 その場限りの言葉に、後ろめたさは感じてしまうけれど――。
「それじゃあ、旦那さんと仲良くね」
「――ハイ」
 一瞬だけ顔が強張るが、笑顔で言う彼女に、どうにか笑顔を作って、うなづいて返した。

 ――ごめんなさい。

 看護師さんが出て行った扉を見つめ、そして、うつむいた。
 にじみそうになる涙は、無理矢理こすって止める。

 朝日さんには、退院日を一日遅らせて伝えている。
 明日、彼は会議で、どうしても来られないのは、わかっているから。


 ――その間に――あたしは、ここから離れるのだ。



 あたしは、翌日、荷物をまとめ、お世話になった人達にお礼を言い、病院を出た。
 タクシーで駅まで向かい、そこから、高根さんのマンションに歩き出す。
 入院した初日に、彼から着信が何度かあったけれど、もちろん出る事はできなかった。
 けれど、それ以降も、彼が、病院に来る事は一度も無くて。
 たぶん、事情は会社経由で伝わっているだろうけれど、相当、心配させてしまっているかもしれない。
 そう思うと申し訳無くなるけれど、心は、既に、旅立つ事に向けられている。

 ――マンションに置きっぱなしのスーツケースに、荷物を入れて……高根さんに、ちゃんとお礼をして――。
 ……それから、ちょっとお金かかっちゃうけど……新幹線でここを出ようかな。
 いつもの駅は、新幹線の発着もあるから、そのくらいの贅沢、許してもらおう。

 ――……けれど、何をどうやっても……朝日さんを傷つける事に、変わりは無いんだ……。

 久々の外は、もう、秋の気配も濃く、着ていた服が少し肌寒い。
 ほんの少しの間だけど、通っていた道は、以前と姿を変える事もなく。
 あたしは、彼のマンションの部屋の鍵を開けた。
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