EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 駅の待合室で、スマホを眺める。
 ――どこに行こうかな……。
 行き先は決まらないまま、ひとまず、ホテルに一泊は決定だ。

 ――……いずれにしろ、ここを去る決意は固まったから……。

 その日は、駅から徒歩五分のホテルで一泊。
 翌日、近くのネカフェで行き先をぼんやりと探し続け、ようやく、首都圏の方へ出る事に決めた。
 向こうなら、こっちよりは職はあるだろう。
 最初はアルバイトとかで、次が決まるまで、どうにかやっていくしかない。

 ――どう生きるかは……その後、考えよう。

 舞子からは、退院後に部屋に来るように言われてるけど、もう、事後報告だ。
 ……とにかく、早くここから去らないと――朝日さんに見つかってしまう。

 
 あたしは、荷物を抱え、ネカフェを後にする。
 空は既に真っ暗。
 最終の新幹線に間に合うように、駅へと歩き出す。

 ――……でも、思うように足が動いてくれない。

「……っ……」

 ようやく見えた駅を前に、ついに立ち止まってしまう。
 行き交う人も、もう、ほとんどいない。
 あたしは、唇を噛みしめて、流れてくる涙を必死でこらえる。
 けれど、それは、何の役にも立たなくて。
 ボロボロと零れてくる涙をどうにか手でこすり、スマホを取り出して時間を見た。

 ――ああ、もう、今日の最終、行っちゃったな……。

 あたしは、心のどこかでホッとしながらも、駅を通り過ぎる。

 本当は、離れたくない。
 一生、朝日さんと一緒にいたい。

 涙とともに浮かんでくる想いは、首を振って閉じ込めた。

 入院中の、周囲も驚くほどの献身的な姿勢に、どこか作られた笑顔。
 それに、気づかない振りをするのは、限界なんだ――。


 責任感も、罪悪感も――同情も――。

 ――そんなものは、もう、いらない。



 あたしは、涙をこらえながら、そのまま駅の向こうの飲み屋街を抜ける。
 そして、振られた時に立ち止まった橋に――朝日さんと、初めて出会った場所に、たどり着いた。


 ――ああ……やっぱり……あたしには、男運、無いんだな……。


 そして、ぼんやりとそんな事を思いながら、欄干に手をかけ、下をのぞき込んだ。


 ――……死んだら、楽になれるかな……。


 ――……なんて、まあ、そんな気も無いけどさ。


 両親は、水の中で心中したのだ。
 さすがに、あたしが同じ真似をする訳にもいかない。

 そのまま、ぼんやりと真っ暗な川の流れを見つめていると、


「ちっ……ちょっと待てっ……‼‼」


「――……え」


 ぐい、と、引き寄せられ、飛び込んだ胸の中。
 ――その感触に、一瞬で涙が浮かぶ。


「……あ……朝日、さん……?」

 息を切らしながら、あたしを抱き寄せる彼を、思わず見上げてしまった。
 街灯で浮かんだ彼の額には、滝のような汗が流れていて――思わず、それを、手で拭った。

 だが、彼は、その手をきつく掴む。

「――……どう、したの……?」

 その問いかけに、彼は反射で声を荒らげた。

「この……バカッ‼せっかく助かったのに――お前はまたっ……」

「――え?」

「え」

 キョトンとするあたしに、朝日さんは、目を丸くする。
「……じ、自殺、するかと……っ……」
 そして、心底ホッとしたように言われ、あたしは、笑い出した。

「おい」

「――だって……初めて会った時みたい……」

 そう。
 あの時も――彼は。


「――……そう、だな」


 あたしは、そっと彼から離れる。

「美里」

「――……ごめんなさい」

「……帰るぞ。――退院日、ウソなんかついて、どういうつもりだ。どれだけ探し回ったと思ってる」

 眉を寄せて、あたしに手を伸ばそうとする朝日さんから、一歩下がって距離を取る。

「美里?」

「――……さよなら」

「え?」

「……あたしは、一人で生きていく事にする。……この場所も、もう、離れるから――」

「……え?」

 呆然とする朝日さんに、微笑む。

「……だから――あたしの事は、忘れてください」

「――……な……にを……」

 彼は、震える声を絞り出す。
「――何……言ってっ……!……プ、プロポーズ……うなづいてくれただろ⁉……指輪も――……」
「……ごめんなさい」
 もう、それだけしか言えなかった。

 ――うつむいてしまうのは……彼の、傷ついた表情(かお)を、見たくなかったから。

「……なあ、美里。もう、何も気にしなくて良いんだぞ?」

 けれど、その言葉に、あたしは顔を上げて、声を荒らげた。

「気になるに決まってるじゃない‼」

「――え?」

「朝日さん、あたしを見る時――自分がどんな表情(かお)してるか、気づいてないでしょ!」

「……え……?」

 あたしは、再び流れてきた涙を手でこする。
 そして、にらみつけるように、彼を見た。
< 189 / 195 >

この作品をシェア

pagetop