EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
あたしは、一瞬、状況が理解できず、呆けてしまう。
「……おい、何を呆けている。早く警察を呼べ!」
部長が、眉を寄せながら、寿和の腕を後ろ手に捻り上げる。
「痛てぇな!何だよ、お前!訴えるぞ!」
騒ぎ立てる寿和を、部長は、冷めた目で見下ろす。
その視線に、あたしまで息をのんだ。
「――白山美里の上司だ。そして、この後ろはウチの本社なんだよ。これ以上騒ぎ立てるようなら、こちらも訴えるが」
だが、寿和はひるみながらも退かなかった。
「オ、オレは、美里の彼氏だぞ。――アパートに帰って来ないから、心配して、迎えに来てやったんだよ」
すると、黒川部長は、チラリとあたしを見やる。
あたしは、力の限り、首を横に振り続けた。
「――そうか」
部長が、納得したように寿和の腕を離した。
「ちょっ……ぶ、部長!」
アンタは、あたしの何を聞いていたんだ!
新井さんから、事情を聞いているんじゃなかったのか!
口をパクパクさせながら、あたしの元に来た部長を見上げる。
――あ、この角度でもイケメン。
そんな現実逃避が起きてしまったが、次には、更に逃げたくなった。
力強い腕で、身体全体を引き寄せられる。
かぐわしい香りに包まれたあたしは、完全に硬直状態だ。
――……え??
「なら、悪いが別れてくれ。――もう、彼女と一緒に暮らしているんでな」
「「――は?」」
思わずハモってしまったが、あたしは、すぐ、部長に口を手でふさがれた。
「――ひとまず合わせろ」
そう、耳元で囁かれ、身体を縮こませる。
――うわ、腰砕けって、こういうコトか。
全身にしびれが走り、足に力が入らない。
だが、その攻撃にどうにか耐えながら、あたしは目をキツく閉じ、かすかにうなづいた。
「美里、どういうつもりだよ。本気で別れられると思ってンのか」
怒りをあらわにする寿和は、脅すようにあたしに言う。
けれど、ここで怯んでたまるか。
――あたしは、自由になるんだ。
「わっ……別れられるも何も、あたしは、もう、別れたと思ってるの!あの部屋も、来月末で退去するって、もう不動産会社に連絡したんだから!」
そう、一気にまくしたてると、寿和の顔色が変わった。
「ふざけんな!じゃあ、オレはどこに住めばいいんだよ」
「知らないわよ!そんなの、自分で探しなさいよ!」
「職無しで見つかる訳無ぇだろ!お前、何勝手なコトしてんだ!」
「だったら、浮気相手に養ってもらったら良いじゃない!このヒモ男‼」
そこまで言うと、不意に、ぶっ、と、吹き出す音が聞こえた。
あたしが見上げると、顔を背けながら、部長が笑いをこらえている。
「……部長?」
「い、いや……お前、すげぇな」
幼い笑顔で見下ろされ、砕けたように言われ――あたしは、全身が血が逆流しそうになるほど真っ赤になった。
そして、改めて自分の状況を認識し、慌てて離れようとするが、肩を掴んだままの部長の力は緩まない。
「ぶ、部長」
「――名前で呼べ」
「え」
キョトンと返すと、部長はあきれたように耳元で言う。
「――朝日だ。黒川朝日。――恋人の名前くらい、覚えておけ」
そう言うと、部長は寿和に顔を向けた。
「――そういう訳だ。美里は、お前とは、完全に切れたいそうだ。これ以上粘るなら、通報させてもらう」
部長は、上着のポケットからスマホを取り出すと、110を押して、寿和に向ける。
「――……っ……‼」
寿和は声を失うと、すぐに踵を返し、逃げるように去って行った。
あたしは、その姿が消えるのを確認すると、一気に身体中の力が抜けていく。
「お、おい、白山!」
部長が、慌てて支えようと手を伸ばすが、あたしは、その手を払う。
次には、その場にへたり込んでしまった。
「――おい」
「……ひ……ひとまず、寿和を追い払ったのは感謝しますけど……もっと、やりようがあったんじゃなかったんですかぁ⁉」
地面に座り込んだあたしは、のぞき込んできた部長を、涙目でにらみ上げて抗議する。
「……わ、悪い。……だが、元彼だったら、お前に彼氏ができた方が、追い払えると思ったんだが……」
「何それ。……あたしの立場、考えてないですよね⁉」
こんな、会社の脇で騒ぎになって――野次馬が遠目で見ているのに気づいてないのか、この朴念仁!
「――だが、あのまま不審者に絡まれても、お前の立場は悪くなるんじゃないのか?」
「どっちもどっちって言葉、知らないんですかっ!」
あたしは、そう言って立ち上がると、部長から距離を取る。
「とにかく、明日が怖いので、今のうちに、訂正に回ってくださいよ!」
あたしは、ビッと、部長に指をさす。
そして、眉を寄せる部長を置き去りに、すぐに横断歩道を渡って、ちょうどやって来たバスに飛び乗ったのだった。
「……おい、何を呆けている。早く警察を呼べ!」
部長が、眉を寄せながら、寿和の腕を後ろ手に捻り上げる。
「痛てぇな!何だよ、お前!訴えるぞ!」
騒ぎ立てる寿和を、部長は、冷めた目で見下ろす。
その視線に、あたしまで息をのんだ。
「――白山美里の上司だ。そして、この後ろはウチの本社なんだよ。これ以上騒ぎ立てるようなら、こちらも訴えるが」
だが、寿和はひるみながらも退かなかった。
「オ、オレは、美里の彼氏だぞ。――アパートに帰って来ないから、心配して、迎えに来てやったんだよ」
すると、黒川部長は、チラリとあたしを見やる。
あたしは、力の限り、首を横に振り続けた。
「――そうか」
部長が、納得したように寿和の腕を離した。
「ちょっ……ぶ、部長!」
アンタは、あたしの何を聞いていたんだ!
新井さんから、事情を聞いているんじゃなかったのか!
口をパクパクさせながら、あたしの元に来た部長を見上げる。
――あ、この角度でもイケメン。
そんな現実逃避が起きてしまったが、次には、更に逃げたくなった。
力強い腕で、身体全体を引き寄せられる。
かぐわしい香りに包まれたあたしは、完全に硬直状態だ。
――……え??
「なら、悪いが別れてくれ。――もう、彼女と一緒に暮らしているんでな」
「「――は?」」
思わずハモってしまったが、あたしは、すぐ、部長に口を手でふさがれた。
「――ひとまず合わせろ」
そう、耳元で囁かれ、身体を縮こませる。
――うわ、腰砕けって、こういうコトか。
全身にしびれが走り、足に力が入らない。
だが、その攻撃にどうにか耐えながら、あたしは目をキツく閉じ、かすかにうなづいた。
「美里、どういうつもりだよ。本気で別れられると思ってンのか」
怒りをあらわにする寿和は、脅すようにあたしに言う。
けれど、ここで怯んでたまるか。
――あたしは、自由になるんだ。
「わっ……別れられるも何も、あたしは、もう、別れたと思ってるの!あの部屋も、来月末で退去するって、もう不動産会社に連絡したんだから!」
そう、一気にまくしたてると、寿和の顔色が変わった。
「ふざけんな!じゃあ、オレはどこに住めばいいんだよ」
「知らないわよ!そんなの、自分で探しなさいよ!」
「職無しで見つかる訳無ぇだろ!お前、何勝手なコトしてんだ!」
「だったら、浮気相手に養ってもらったら良いじゃない!このヒモ男‼」
そこまで言うと、不意に、ぶっ、と、吹き出す音が聞こえた。
あたしが見上げると、顔を背けながら、部長が笑いをこらえている。
「……部長?」
「い、いや……お前、すげぇな」
幼い笑顔で見下ろされ、砕けたように言われ――あたしは、全身が血が逆流しそうになるほど真っ赤になった。
そして、改めて自分の状況を認識し、慌てて離れようとするが、肩を掴んだままの部長の力は緩まない。
「ぶ、部長」
「――名前で呼べ」
「え」
キョトンと返すと、部長はあきれたように耳元で言う。
「――朝日だ。黒川朝日。――恋人の名前くらい、覚えておけ」
そう言うと、部長は寿和に顔を向けた。
「――そういう訳だ。美里は、お前とは、完全に切れたいそうだ。これ以上粘るなら、通報させてもらう」
部長は、上着のポケットからスマホを取り出すと、110を押して、寿和に向ける。
「――……っ……‼」
寿和は声を失うと、すぐに踵を返し、逃げるように去って行った。
あたしは、その姿が消えるのを確認すると、一気に身体中の力が抜けていく。
「お、おい、白山!」
部長が、慌てて支えようと手を伸ばすが、あたしは、その手を払う。
次には、その場にへたり込んでしまった。
「――おい」
「……ひ……ひとまず、寿和を追い払ったのは感謝しますけど……もっと、やりようがあったんじゃなかったんですかぁ⁉」
地面に座り込んだあたしは、のぞき込んできた部長を、涙目でにらみ上げて抗議する。
「……わ、悪い。……だが、元彼だったら、お前に彼氏ができた方が、追い払えると思ったんだが……」
「何それ。……あたしの立場、考えてないですよね⁉」
こんな、会社の脇で騒ぎになって――野次馬が遠目で見ているのに気づいてないのか、この朴念仁!
「――だが、あのまま不審者に絡まれても、お前の立場は悪くなるんじゃないのか?」
「どっちもどっちって言葉、知らないんですかっ!」
あたしは、そう言って立ち上がると、部長から距離を取る。
「とにかく、明日が怖いので、今のうちに、訂正に回ってくださいよ!」
あたしは、ビッと、部長に指をさす。
そして、眉を寄せる部長を置き去りに、すぐに横断歩道を渡って、ちょうどやって来たバスに飛び乗ったのだった。