EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 部長は、あたしが泣き止むまで、しばらくそのままでいてくれた。

「……す、すみません……。急に……」

 ようやく涙を止める事ができたあたしは、急いで部長から離れた。
「――いや、やっぱり、キツかったんだろ」
 あたしは、その言葉に首を振った。
「……キツいとかじゃないんです。……あたし、今まで、ずっと甘えさせる方だったから――何か、驚いただけで……」
 すると、部長は、手で涙をこすったあたしを後に、歩き出した。
 その空気は、何だか、不機嫌なようで――。
 何よ、あたしだって、泣きたくて泣いた訳じゃないわよ。
 そう、心の中でボヤいていると、ボソリと、部長は言い捨てた。
「――ヒモ男養ってて、甘えさせるも何もないだろうが」
「べ、別に、そういう意味じゃ……」
「大体、何でそんな風になったんだ、あの男。元々、ヒモだったのか」
「ちっ、違いますよ!――最初は、ちゃんと、会社勤めしてました!」
 あたしが、寿和がこうなった経緯を話すと、部長は、更に不機嫌そうに言った。
「――職を探すのをやめた時点で、見切りをつけろ」
「そ、そういう訳にもいかないでしょう!大体、探しても見つからない人だって、たくさんいますし」
「あのなぁ……まさか、白山、自分が養うからとか言ってないだろうな?」
 部長の言葉に、反射で固まる。
「……白山」
「――……だ、だって……」
「お前なぁ……」
 あきれ果てた、と、言わんばかりに、部長は足を止め、あたしを振り返る。
「結局、お前が損をしてるだろ。そんな男、何で早く別れなかった」
 あたしは、部長をにらみつけるように見上げた。
「――……だって、あたしには、それしかなかったから」
「白山?」
「だってっ……捨てられたくなかったんだもん!それで繋ぎとめるしかできなかった!――今までの男、全部!」
 すると、部長は一瞬固まる。
「……セクハラ事案覚悟で聞く。……お前、あの男で何人目だ?」
 あたしは、視線をそらすと、ポツリと言った。
「……よ、四人目……」
「――で、全部ヒモ?」
「ち、違うわよ!……一人目は浮気、二人目はギャンブル、三人目はまた浮気……。舞子……親友に言わせれば、あたしはダメ男製造機だそうよ!」
 やさぐれながら、それだけ言うと、あたしはうつむいた。
 ――……何で、部長にこんな事バラさないといけないのよ。
「……でも、もう、いいんです」
「……何がだ」
「みんな、最初はちゃんとした男だったのに……あたしのせいで、ダメ男になるんなら……もう、あたしが、幸せな恋なんて望んじゃいけないんです」
 あたしは、再びにじんできた涙を指でこすろうとする。
 だが、それより先に、太く、骨ばった指で、そっと拭き取られた。

「……部長?」

「――……じゃあ、オレと付き合ってみるか」

「……へ????」

 一瞬で、涙は止まった。
 目が点になったまま固まっているあたしに、部長は続けた。
「そんなに落ち込まれると、仕事にも支障をきたす」
「だからって、何でそんな提案するんですか!からかうのはやめてください‼」
「――からかってはいない。お前がトラウマを抱える前に、荒療治でもしようかと思ってな」
「はあ?!」
 あたしは、眉間に、これでもかとシワを寄せる。
 すると、部長は口元を上げ、人差し指でそこに触れた。
 そして、心臓が止まるほど、近くに顔を寄せ――どこか、挑むような視線を向けて、続けた。


「大体、このオレが、お前ごときにダメ男にされるようなヤツに見えるか」


「――……っ……‼‼」


 あたしは、反論しようにも、言葉が出てこず、口をパクパクするしかない。
 そんなあたしを、部長は、少しだけ楽しそうに見やると続けた。

「ものは試しだ。これで、オレが屈するようなら、自信をもってダメ男製造機と触れ回るがいい」

 ――何だ、その言い方は。アンタは武士か。

 あっけにとられるが、一理あるのかもしれない。

 ――こんなに自信満々な男を、ダメ男にしてしまうのなら、もう、恋愛はあきらめよう。

 あたしは、そう開き直ると、部長を見た。

「――……じ、じゃあ……よろしくお願いします……?」

 その言葉に、部長はどこかあきれたように、でも、少しだけ、うれしそうに口元を上げた。

「音を上げるなら、早目にな」
「上げないわよっ!」

 そんな言い方でも――どうやら、あたしの事を心配してくれているらしい。
 ――それだけは、感じてしまうのだ。

 複雑な心境のまま――お試し交際は始まった。
< 27 / 195 >

この作品をシェア

pagetop