EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.8

 ――美里は、良い奥さんになれるな。

 ぼんやりと浮かんだ目の前の男は、そう言いながら、あたしに笑いかける。
 それは、たぶん、初めての時の彼氏だ。
 ――家庭的な女が好みと言われ――必死で頑張った。
 料理も、家事も――まるで、本当に奥さんになったような錯覚を覚えるほどに尽くして――そして、投げられた言葉は、”母親みたい”。
 全部、アンタに好かれたいから、頑張ってたのに――。 
 頼んだ訳じゃない、と、開き直られたら、もうあきらめるしかなかった。

 ――母親にしか見えない女を、抱きたいとは思えねぇから。

 女としてすら、認識されていなかった。
 それは――初めての恋で、初めての彼氏で、初めての失恋で――……。

 乗り越え方を知らなかったあたしは、あっさりと、次の男に捕まってしまった。


 不意に硬質で短い音が二、三回頭に響く。
 あたしは、ぼんやりと目を開け――そして、首をかしげる。

 ――……あれ?

 けれど、状況を認識する前に、低い声が響き渡った。

「白山!遅刻したいのか!」

 瞬間、すべてが覚醒。
 あたしは、飛び起きて部屋のドアを開ける。
 すると、目の前には、既にスーツを着て出勤体制に入っている部長の姿。

「……お、おはようございます……」

「――おはよう。現在、七時三十五分。ここから会社まで、電車で十五分かかるぞ」

「ハッ……ハイッ!!」

 あたしは、敬礼をしそうな勢いで、背筋を伸ばした。
「女の支度は時間がかかるんだろう。間に合うのか」
「たっ……たぶん、大丈夫です!」
 だが、支度をするのに、ドアを閉めようとした瞬間、我に返る。
「――あ、朝ごはん!」
「必要無い」
「で、でも「もう、できている」
「へ?」
 間抜けな返事に、部長は苦笑いだ。
「和食で良ければ、並べてある。片付けは帰ってからにしている」
「……す、すみません……」
 あたしは、頭を下げる。
 だが、部長はあっさりとそれを片手で止め、そのまま上げさせられた。
「あのなぁ……だから、家政婦を置いている訳じゃないと言っただろうが」
「でも」
「良いから、早く支度しろ!」
「ハ、ハイッ!」
 ピシャリ、と、それ以上の言葉を止められたあたしは、慌ててドアを閉める。
 だが、改めて部屋を見渡せば、ベッドとクローゼットらしきドア、そして、左手にはパソコンデスクだけ。
 明らかに、部長の部屋だろう。

 ――……ん?

 昨日、あたし――ソファで寝てなかった……?

 先に部長が休むと言っていたし、あたしの部屋(予定)には、何も家具は無く――もちろん、ベッドなど無い。
 あたしは、恐る恐るドアを開けると、キッチンの方で何か作業をしている部長に声をかけた。
「……あの……あたし、昨夜(ゆうべ)ソファで寝てませんでしたか……?」
 まさか、寝ぼけて部長の部屋に突撃したとか言わないわよね……?
 一瞬、恐ろしい想像をしてしまい、背筋が凍る。
 だが、部長はあたしを見やり、何事も無いように返した。
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