EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「――何で、こんなトコで食べているんだ、お前は」

 不意に足元方面から声が聞こえ、顔を上げると、部長が眉を寄せてあたしを見上げていた。
「ぶ、部長……何で……」
 すると、部長は片手を上げ、自分の分の弁当を見せる。
「女性社員から逃げてきた。――メシくらい、落ち着いて食いたい」
 そう言いながら階段を上ってくると、部長は、当然のようにあたしの隣に腰を下ろした。
「あ、あの」
 部長は、戸惑うあたしをよそに、お弁当を広げると、すぐに手を付け始める。
 ……何で、一緒にお昼になってるのよ。
「――別にいいだろ。……付き合ってるんだし」
「……っ……」
 少しだけふてくされたように言う部長は、そのまま箸を進めていく。
 あたしは、何を言ったらいいのかわからず、同じように食べた。
 そして、無言のまま、数分。
 部長は、あたしを見やると、ほんの少しだけ気まずそうに尋ねてきた。

「……口に合うか……?」

「え」

 一瞬、何の事かと思ったが、すぐに、その視線があたしの手元に向けられているので、お弁当の味の事と気がついた。
「――ハイ。……すごく、美味しいです」
 こんな風に直球で聞かれるのも、何だか恥ずかしいが、あたしも昨日同じ事を聞いたのだから、答えない訳にはいかないだろう。
「――なら、良かった。他人に食べさせる前提で作った事が無かったものでな」
「え」
 その言葉に、思わず、心臓が跳ね上がる。

 ――……それは……あたしが、初めてだっていう事ですか?

 そう尋ねたかったけれど、あたしを見ている部長の顔が見られず、うつむいたまま、途中だったお弁当に手をつけようとした。
 だが。
「そうだ、美里、帰りなんだが――」
「ス、ストップ!!」
 反射で、部長の口を片手で押さえる。
「なっ……名前呼びしないでください!」
 部長は、眉を寄せると、あっさりとあたしの手を外した。
「だから、付き合ってるんだろうが」
「……か、会社ですよっ!」
「昼休みだ」
「社内には変わりありません!」
「――じゃあ、いつなら良いんだ、白山」
 苗字で呼ばれ、心底ホッとする。
 万が一でも、誰かに聞かれたら――ていうか、この状況を見られた時点で、あたし、明日から会社に来られないんじゃないだろうか。
「……だから……プライベートだけで……お願いします」
 部長を見上げて、そう言うと、一瞬だけ固まられる。
「……了解。善処する」
「ありがとうございます。――それで、帰りがどうかしましたか?」
 あたしが尋ねると、部長は思い出したように言った。
「あ、ああ。会議が午後から入ってるから、少し遅くなるかもしれない。友人は、いつくらいに帰りになる?」
「――えっと、サービス業なんで、あんまり早くない方が、むしろありがたいです」
「じゃあ、向こうの休みに合わせた方が良いか」
 少し考え、あたしはうなづく。
「……ですね。舞子は基本、月曜と木曜が定休日なんですが、変わっている事もあるんで、後で予定確認しておきます」
「そうだな。頼む。後、冷蔵庫には、一通りまとめて食材入れてあるから、好きに使って良い」
「え」
「――どうせ、夕飯を作ると言い張るんだろう」
 そう、苦笑いしながら言う部長は、ほんの少し楽しそうだ。
「……ええ、そうですけどっ⁉」
 あたしは、その言葉に、ふてくされ気味に、うなづいたのだった。
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