EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 合い鍵を使い、部屋の中に入れば、ふわり、と、舞子の残り香がする。
 就職準備のために、二人で店を回っている時に見つけたフレグランスは、今も変わらず使っているようだ。
 あたしは、その香りだけで、張り詰めていたものが和らいだ気がした。
 舞子は、中学の時からの付き合い。
 こんなあたしを見捨てずに、ずっと一緒にいてくれている、唯一の友人。
 だからこそ――これ以上の迷惑はかけたくないのだ。
 あたしは、舞子に、帰って来たとメッセージを送ると、冷蔵庫の中をのぞいて夕飯を作り始める。
 勝手知ったる、と、いったように、中に入っていた野菜で煮物を作り、鶏肉で何を作ろうかと考えていると、不意にガチャガチャと鍵が開けられた。

 ――え?

 思わず、棚の上の時計を見やれば、まだ七時半前。
 舞子の店は、閉店作業中だ。
 ――早番だった?
 そう思い、ドアが開くのを待つ。

「――あれ、美里ちゃん」

「あ、秋成(あきなり)さん」

 開いたドアから顔を見せたのは、見上げるほどの身長に、筋骨隆々と言った表現がピッタリのスーツ姿の男性。
 舞子の彼氏――飯山(いいやま)秋成さんだった。
「何だ、舞子が早かったのかと思った」
「すみません、勝手に上がっちゃって」
「いいよ、いいよ。おれも勝手に来ちゃっただけだから」
 よくよく考えたら、この人も合い鍵を持っていたのだ。
 あたしは、持っていた鶏肉を作業台に置き、中に入って来た彼に言う。
 舞子の彼氏は、四つ上だけど、見た目はかなり老け――いや、大人っぽい。
 仕事の取引先の営業だった彼から、熱烈にアタックされ、半ば折れるように付き合い始めたのだ。
 けれど、相性が良かったのか、もう、五年目。
 ――それが、うらやましくもあり――そして、ほんの少しだけ、妬ましい。
「じゃあ、夕飯作って行くんで、舞子と食べてください」
「え、美里ちゃん、今、舞子と一緒に住んでるんでしょ。気ィ遣わないでよ。すぐ帰るし」
「いえ、住むところ決まったので、荷物を取りに来ただけで。ついでだったから、お礼代わりに夕飯でも作って行こうかと思ったんです」
 すると、秋成さんは、心配そうに言った。
「え、大丈夫なの、そこ?」
「はい。――セキュリティだけは、万全なので」
 ――警備員は常駐。
 ――そして、上司とルームシェア。
 まあ、ちょっとやそっとじゃ、入って来られないような外観なのだ。
 いくら寿和に見つかろうが、大丈夫だろう。
「そっか、良かった。でもさ、舞子も寂しがるから、一緒に食べて行って?」
 見た目に反して――と、言うと失礼だが――人好きするような笑顔で言われ、あたしは、苦笑いでうなづく。
 そういう風に言ってくれるのは、やっぱり、舞子の事を理解しているからだろう。
「――わかりました」
 すると、不意にスマホから音が鳴り響く。
 すぐに止まったので、メッセージか。
 けれど、音があたしのものではない。
 予想通り、秋成さんがポケットからスマホを取り出し、頬を緩める。
「舞子、今終わったって。何か、また、トラブったみたいだ。スタンプ来たよ」
 そう言いながら、あたしにスマホの画面を向けた。
 そこには、ふてくされ気味のゆるキャラ。
 そして、一言――また、やらかされた!、と。
 あたしも、クスリ、と、笑い、再び手を動かし始めた。
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