EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.11

 結局、その晩は部長と顔を合わせる事なく、ソファベッドで眠りについた。
 激しい動悸に見舞われる心臓を押さえながら、部長を避け続け、どうにか翌朝まで眠る事ができたが――まあ、熟睡できたかと言えば、全然なんだけど。

「美里、起きろ。またギリギリだぞ」

「え」

 耳元で低い声で囁かれ、あたしの脳内は一気に覚醒した。
 目を開ければ――至近距離の部長の顔。
「――……っ……‼」
 その衝撃に耐えきれず、慌てて起き上がる。
「お、おはようございます、部長……」
「――おはよう」
 そう返しながら、部長は軽くあたしにキスをする。

「……ぶっ……!!!?」

「目は覚めたか」

「なっ……なっ……!」

 ――何すんのよ!

 そう、続けたかったが、部長は口元を上げる。
「いっその事、キス(コレ)で起こすか。お前、割と、寝起き悪いよな」
「結構です‼」
 慌てて言い捨てると、立ち上がり、毛布を頭から被って自分の部屋へとダッシュした。

 今日も、部長は先に行き、あたしは電車の時間ギリギリにすべり込んだ。
 通勤時間帯だが、通勤ラッシュという訳でもないのは、地元民の九割近くは自分の車を持っていて、メートル距離の移動でも車を使うような土地柄だからだ。
 だが、座るほどの時間でもないので、ほどほどの空席がある中、出入口のドアのそばで立っていた。

 ――それにしても、何か、悔しい。

 あたしは、部長の行動を思い出し、心の中で苦ってしまう。
 あんな風に、思わせぶりなコト言ったり――どういうつもりなんだろう。
 大体、何で、キスなんかするのよ。
 ――こっちは、好きにならないように必死に防御してるのに。

 けれど、あたしは、すぐにかぶりを振る。

 ――まあ、所詮、お試しの関係なんだから!

 そう思うと、ほんの少しだけ、胸の奥がチクリと痛かった。


 最寄り駅到着のアナウンスが車内に響き、あたしは我に返り顔を上げる。
 ――これから仕事なんだから、余計な事は考えない!
 もう……あたしが必要とされるのは、仕事しかないんだから――。
 そう、呪文のように繰り返し、改札を出る。

「うわっ……!」

 すると、後ろで男性の叫び声。
 あたしはチラリと振り返ると、スーツ姿のサラリーマンらしき男性が、自分が持っていたカップのコーヒーをこぼしたようで、呆然としていた。
 ……ああ、Yシャツについちゃったか、これは。
 よく見れば、あたしよりも少し年下みたいだ。
 学生って言っても通用するくらいの雰囲気の彼は、たぶん、どうすれば良いのかわかっていないのだろう。
 おろおろと視線をさまよわせているだけだった。
 あたしは、バッグからポーチを取り出す。
「あの、コレ使えば、シミにならないですよ」
 そこから、携帯用のシミ抜きを取り出して、目の前の彼に手渡そうとした。
「えっ、いや、あの……」
 我に返った彼は、突然の申し出に困惑の色を隠せない。
 けれど、シミは時間との闘いだ。
 あたしは、チラチラとこちらをうかがいながら通り過ぎていく、鈴原冷食(ウチ)の人間を無視して、彼の腕を引くと、待合室に連れて行った。
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