EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「白山さん、お待たせしました」
「あ……ありがとうございます」
過去の記憶に囚われそうになったところで、不意にかかった声に、現実に引き戻された。
目の前に差し出されたカップから、コーヒーの香りが鼻腔に広がる。
「――良い香り」
ポツリとこぼすと、高根さんは、少しだけ誇らしげに言った。
「でしょう?ここ、チェーン店ですけど、コーヒーのレベルは高いんです。お手頃だし、僕は気に入ってるんですよ」
そんな彼を見やり、思わず口元が上がる。
――何だか、好きなものを自慢したがる、小さな男の子みたいだ。
「……お好きなんですね」
あたしがそう言うと、高根さんは一瞬固まったが、すぐに取り繕うようにうなづく。
「えっ、あ、ハイ。ほとんど毎日通ってます」
その言葉に、思わず、頭の中で費用を計算してしまった。
――確か、メニュー表の値段って……。
そう考えると、胸の奥がモヤモヤしてしまう。
……あたしは、必死で切り詰めてるのにな……。
待遇の差に、思わずやさぐれてしまう。
他の会社は知らないが、ウチは、割と旧態依然な体制なので、未だに性差で給料に差は出るし、年功序列で昇進する。
「あの……お口に合いませんか……?」
「えっ」
あたしは、顔を上げる。
視界に入ったのは、不安そうに――気まずそうにこちらを見ている、高根さん。
「あ、す、すみません。……こういうところ、初めてなので……ちょっと、圧倒されてました」
少しだけ取り繕うように微笑む。
高根さんは、ホッとしたように笑い返してくれた。
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。……でも、そういう人もいるんですね。僕の周りって、結構入り浸ってる人間多いんで」
「いえ、あたしが縁の無い生活してるからなんで……」
そう返すと、彼は目を丸くする。
あたしは、こんな生活を悟られたくなくて、慌てて続けた。
「だ、大体、自分でどうにかしちゃうんで。お店に来る機会が無かったんですよ」
「へえ……朝のシミの事といい……家庭的なんですね、白山さんって」
「いえ、あの」
何だか好意的に受け取られたようで、何だか気が引ける。
「――そういうの、良いですよね」
「――え」
高根さんは、あたしの反応を見ると、慌ててカップに口をつける。
あたしも、同じように口をつけた。
――……何だか……胸の奥がざわつく。
……元カレと同じような言い方が、心の奥の傷口に触れた気がした。
それから、企画の見積の話に移行し、大体のめどがついたのが約一時間半後。
見積の話題自体は、そうかからなかったのだが、他の企画の話や、他社の福利厚生の内容などを聞いていたら、話が弾んでしまった。
店を出ると、辺りはもう、宵闇に包まれている。
高根さんは夕飯も追加していたけれど、あたしはコーヒーだけ。
でも、こんなに粘れるとは思わなかったな。
店に入ったら、何かいろいろと注文しなきゃいけないと思ってたから。
「すみません、白山さん、すっかりお時間取らせてしまって。本当に夕飯良いんですか?」
「いえ、大丈夫です。お話、参考になりました。ありがとうございます。あたしこそ、本当にコーヒー、ごちそうになっちゃって良かったんですか?」
自分の分を払うと粘ったが、結局、朝のお礼と断られてしまったのだ。
「気にしないでください。お礼だって言いましたよね?」
「――ハ、ハイ。じゃあ……ありがとうございます」
あたしは頭を下げると、駅の向こう側へつながる連絡通路へ足を向ける。
「あ、あのっ……」
「え?」
「……お、遅くなったおわびに、近くまで送ります」
高根さんの申し出は――たぶん、善意からだろう。
けれど、どうしても、嫌な記憶に引っかかってしまい、あたしは思わず首を振った。
「だ、大丈夫です!近くなんで……」
「でも」
「ホントにっ……今日は、ありがとうございました!」
あたしは、そう言って、頭を思い切り下げるが遅い、駆け出した。
――送られるような距離じゃないしっ……そもそも、あんなマンションに住んでるなんて……引かれるに決まってる。
それに、取引先とはいえ、今日会ったばかりの男性に家を教えるつもりはない。
あたしは、小走りに、駅の脇の連絡通路の階段を駆け上がる。
そして、少しだけ後ろを振り返るが、高根さんが追いかけてくる気配は無かった。
ほんの少しホッとしてしまうのは――寿和のせいだ。
――だから、油断していたんだろう。
「あ……ありがとうございます」
過去の記憶に囚われそうになったところで、不意にかかった声に、現実に引き戻された。
目の前に差し出されたカップから、コーヒーの香りが鼻腔に広がる。
「――良い香り」
ポツリとこぼすと、高根さんは、少しだけ誇らしげに言った。
「でしょう?ここ、チェーン店ですけど、コーヒーのレベルは高いんです。お手頃だし、僕は気に入ってるんですよ」
そんな彼を見やり、思わず口元が上がる。
――何だか、好きなものを自慢したがる、小さな男の子みたいだ。
「……お好きなんですね」
あたしがそう言うと、高根さんは一瞬固まったが、すぐに取り繕うようにうなづく。
「えっ、あ、ハイ。ほとんど毎日通ってます」
その言葉に、思わず、頭の中で費用を計算してしまった。
――確か、メニュー表の値段って……。
そう考えると、胸の奥がモヤモヤしてしまう。
……あたしは、必死で切り詰めてるのにな……。
待遇の差に、思わずやさぐれてしまう。
他の会社は知らないが、ウチは、割と旧態依然な体制なので、未だに性差で給料に差は出るし、年功序列で昇進する。
「あの……お口に合いませんか……?」
「えっ」
あたしは、顔を上げる。
視界に入ったのは、不安そうに――気まずそうにこちらを見ている、高根さん。
「あ、す、すみません。……こういうところ、初めてなので……ちょっと、圧倒されてました」
少しだけ取り繕うように微笑む。
高根さんは、ホッとしたように笑い返してくれた。
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。……でも、そういう人もいるんですね。僕の周りって、結構入り浸ってる人間多いんで」
「いえ、あたしが縁の無い生活してるからなんで……」
そう返すと、彼は目を丸くする。
あたしは、こんな生活を悟られたくなくて、慌てて続けた。
「だ、大体、自分でどうにかしちゃうんで。お店に来る機会が無かったんですよ」
「へえ……朝のシミの事といい……家庭的なんですね、白山さんって」
「いえ、あの」
何だか好意的に受け取られたようで、何だか気が引ける。
「――そういうの、良いですよね」
「――え」
高根さんは、あたしの反応を見ると、慌ててカップに口をつける。
あたしも、同じように口をつけた。
――……何だか……胸の奥がざわつく。
……元カレと同じような言い方が、心の奥の傷口に触れた気がした。
それから、企画の見積の話に移行し、大体のめどがついたのが約一時間半後。
見積の話題自体は、そうかからなかったのだが、他の企画の話や、他社の福利厚生の内容などを聞いていたら、話が弾んでしまった。
店を出ると、辺りはもう、宵闇に包まれている。
高根さんは夕飯も追加していたけれど、あたしはコーヒーだけ。
でも、こんなに粘れるとは思わなかったな。
店に入ったら、何かいろいろと注文しなきゃいけないと思ってたから。
「すみません、白山さん、すっかりお時間取らせてしまって。本当に夕飯良いんですか?」
「いえ、大丈夫です。お話、参考になりました。ありがとうございます。あたしこそ、本当にコーヒー、ごちそうになっちゃって良かったんですか?」
自分の分を払うと粘ったが、結局、朝のお礼と断られてしまったのだ。
「気にしないでください。お礼だって言いましたよね?」
「――ハ、ハイ。じゃあ……ありがとうございます」
あたしは頭を下げると、駅の向こう側へつながる連絡通路へ足を向ける。
「あ、あのっ……」
「え?」
「……お、遅くなったおわびに、近くまで送ります」
高根さんの申し出は――たぶん、善意からだろう。
けれど、どうしても、嫌な記憶に引っかかってしまい、あたしは思わず首を振った。
「だ、大丈夫です!近くなんで……」
「でも」
「ホントにっ……今日は、ありがとうございました!」
あたしは、そう言って、頭を思い切り下げるが遅い、駆け出した。
――送られるような距離じゃないしっ……そもそも、あんなマンションに住んでるなんて……引かれるに決まってる。
それに、取引先とはいえ、今日会ったばかりの男性に家を教えるつもりはない。
あたしは、小走りに、駅の脇の連絡通路の階段を駆け上がる。
そして、少しだけ後ろを振り返るが、高根さんが追いかけてくる気配は無かった。
ほんの少しホッとしてしまうのは――寿和のせいだ。
――だから、油断していたんだろう。