EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「――美里、起きろ、時間だぞ」

「……ん……もう、ちょっと……」

 ぼんやりと浮上した意識を手放したくなくて、あたしは目を閉じたまま、そうつぶやく。
 すると、唇に何かの感触を感じ、不審に思い、そっと目を開ける。

「――まったく、本当にキスで起こせるとは思わなかったぞ」

「……っ……‼」

 あたしは、ガバリと起き上がると、目の前の端正な顔をまじまじと見つめた。
「――おはよう、美里」
「……お、おは、よう……ございます……」
 思わず敬語が出てしまった。
「あ、朝日、さん」
 取り繕うように彼の名を呼ぶと、口元を上げて返された。
「ホラ、早く起きろ。シャワーだけでも行くか」
「あ、ハ、ハイッ!」
 あたしは、その言葉に我に返る。
 今日は、まだ仕事だ!
 慌ててベッドから下りようとするが、朝日さんに止められた。
「転びたいのか、お前は。まだ、余裕はあるんだ。落ち着いて動け」
 まるで、仕事の注意をされているみたい。
 あたしは、眉を寄せると、視線を逸らす。
「……すみません」
「別に、怒っている訳じゃない」
「でも」
「――心配なだけだ」
 そう言って、あたしの手を取り、ベッドから下りさせた。
 それは、まるでお姫様のようで――胸がうずく。
 こんな扱いされたのは、初めてだ。
「あ、ありがとうございます」
「朝メシはできているから」
「……ありがとうございます……」
 何だか、すっかり、あたしのお株が奪われてしまった気がする。
 少しだけふてくされながら、自分の部屋に戻り、支度をした。

 昨日言ったせいか、お弁当の形跡は見当たらず、あたしは、少しだけホッとしたが、少しだけ――さみしく感じてしまった。
 部長の出勤時間は、常にあたしよりも三十分は早いので、もう姿は見えない。
 あたしは、部屋の中を見回し、昨日――つい、数時間前の事を思い出し、悶えてしまう。

 ――……えっと……結局、朝日さんは――

 ――……あたしが好き、ってコト……??

 何度考えても、その結論しか出ない。
 でも、本人がちゃんと言葉にしてくれないから、自信が持てないのだ。

 ――……キスは……優しくて、ずっと触れていたかったのに。

 あたしは、自分の唇に触れながら、彼の感触を思い出す。
 少しだけぎこちなくて、でも、終始優しいキスは――正直、初めてで。
 大事にされているような錯覚をしてしまう。

 ……でも、今は、まだ――怖い。

 ――また、同じ事で振られたくない。

 ――……次こそは幸せになりたいのに、今までのトラウマが邪魔をするのだ。

 それに、寿和の事が完全に解決していないのだから、今はまだ、朝日さんの事を考える余裕は無い。

 ――もし、寿和がちゃんと立ち直ってくれたら……その時、ようやく考えられるのかもしれない――。

 アイツがダメになった責任が、あたしに重くのしかかる。

 ――……ただ、好きな人に、必要としてほしかっただけだったのにな……。

 あたしは、大きく息を吐くと、リビングのチェストに置かれた時計を見やる。
「やばっ……!」
 思わず声に出てしまった。
 二日連続の遅刻はマズイ!
 あたしは、ダッシュで部屋を出て、エレベーターに飛び乗った。
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