EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 いまだに鳴っている心臓を、さりげなく押さえながら、ホームセンターに向かう。
 日中で、少々の渋滞はあったが、割とスムーズに到着できた。
 車から降り立ち、朝日さんはあたしの手を取る。
「ベッドの他に見たいものはあるのか?」
「……あ、ありません。……ていうか、手、離してもらえますか」
「何でだ。デートなんだ、繋ぐもんだろう?」
「すべての理由を、デートだから、に、しないでよ」
 思わずタメ口になってしまい、口ごもる。
「まあ、良いだろう。――初デートってコトで」
 あたしは、朝日さんをまじまじと見やる。
 ……何で、こんな機嫌良さげにしてるの、この人。
 すると、すぐに視線に気づいたのか、眉を寄せてあたしを見下ろした。
「……何だ」
「……いえ、何か、機嫌が良いって思って」
「当然だろうが」
 それだけ言って、スタスタと歩き出す。
 ちょっと待って、何が、当然、なのよ⁉
 あたしが頭を悩ませている間に、寝具売り場へとたどり着く。

「美里」

「え?」

 声をかけられ、顔を上げれば、ズラリと並んだベッドが見えた。
「――どれが良いんだ?」
「……別に、一番安いヤツにするつもりですから」
 あたしは、そう言って価格を見比べようとするが、朝日さんに止められた。
「……何ですか」
「だから、オレが買うって言っただろうが」
「だから、一番安いヤツって言ってるじゃない」
「――お前なぁ……」
 あきれたように言われ、あたしは彼の手を振り払う。
「……別に良いじゃないですか。あたしが、それで良いって言ってるんだから」
 そう言い捨てると、あたしは、一万円程度の、学生が使うようなパイプベッドを見やり、指さした。
「これくらいで充分です」
「美里」
 朝日さんは、ため息をつくとあたしの手を無理矢理取り、売り場を後にする。
「ちょっ……!買うんじゃなかったんですか⁉」
「――気が変わった」
「え」
 そう言って、あたしをチラリと見下ろす。

「――ダブルベッド、見に行くぞ」

「……はあ⁉」

 何よ、それ⁉人の言うコト聞いてた⁉

「あ、朝日さん!何、急に……」
「どっちみち、同棲してるんだから、一緒に寝ても構わないだろ」
「構うわ!」
 思わず突っ込んでしまった。
 何で、こんな急に――何のスイッチが入ったんだ、この男は。
 動揺を隠しきれなくなり、あたしは、彼の手を振り払うと歩く速度を速める。
 ちょっと、冷静になってから、きっぱりと断らないと。
 今の状態じゃ、なし崩し的に承諾したと思われてしまう。
「おい」
 呼び止められるが、足は止めない。
 あたしは、朝日さんに背を向けたまま言った。
「――あの、せっかくなんで、他の売り場も見て行きます。何か必要なものがあるかもしれないし」
「美里」
 彼の返事も待たず、あたしは、だだっ広い売り場を早足で進んで行く。
 寝具売り場はホームセンターの端の方にあり、日用品などは正反対側だ。
 数分歩いてたどり着くと、いつも使っている洗剤や、雑貨類が視界に入り、無意識に安心してしまう。
 ――何かストック切れのヤツ、あったかしら。
 そんな事を思いながら、朝日さんを置き去りに売り場を眺めていく。

「――白山さん?」

「え」

 すると、不意に後ろから声をかけられ、振り返る。

「た、高根、さん」

 ラフなスポーツブランドのパーカーとデニムの休日仕様で、スーツ姿よりも、更に幼く見える高根さんが、笑顔で近づいてきた。
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