EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 あたしが離れようとすると、朝日さんは、それを拒むようにきつく抱き締める。
 その温もりに、弱った心はすぐに負けてしまう。
 ――だって、こんな風に他人の温もりに包まれるのなんて……久し振りすぎて……。
 ――だからこそ、素直にこの感触に包まれていたかった。
「――……朝日さん……」
「何だ」
「……これから、寿和に会って来ます」
 それには、ちゃんと、あたし自身がケリをつけないといけない。
「……オレも行く」
 朝日さんは、心配そうに言うが、あたしは、首を振った。
「……大丈夫です。……恋愛以前に、あの人をちゃんと更生しないと、あたしは進めないから。――……一人でないと、意味が無いんです」
「――……じゃあ、近くで待ってる。それ以上は譲らん」
「……何でそんなに偉そうなんですか、朝日さん」
「元々だ。気にするな」
 あたしは、クスリ、と、笑うと彼から離れた。
 そして、ソファから立ち上がる。
「――……本当に、部屋は駅のそばなんです。……だから、ここだって近くなんですよ」
 そう言うと、あたしはバッグを持ち、足早に部屋を出ようとする。
「美里!」
「――……大丈夫ですから。……待っててください、朝日さん」
 焦ったように追いかけてくる彼に、あたしは、無理矢理笑顔を見せる。
 震えてくる手は、後ろに隠した。

 ――……大丈夫。

 ……もう、二度と、近づいてこないように、約束させるだけだ。

「行ってきます」

「――美里」

 不安そうにあたしを見る朝日さんから視線を逸らし、部屋を後にした。


 駅の連絡通路を歩いて行くと、休日のざわつく人混みの中、少しだけ空気が変わった感じがしたのは――錯覚だとは思う。
 けれど。

「美里」

「――……寿和」

 目の前に現れた寿和は、以前の――会った当初のような姿。
 朝日さんのように、人目を引くほどではないが、すれ違う女性が、チラリと見やるくらいの容姿に戻っていた。

「……アンタ……どうして……」

 あたしは、無意識に足を止める。
 すると、寿和は力任せにあたしの腕をつかみ、歩き出した。
「ちょっ……!」
「――お前の言う通りにしたぞ」
「え?」
 何の事かと目を丸くする。
 寿和は、イラついたように続けた。
「だから……っ……!ちゃんと、部屋も片付けたし……ハローワークとか、ジョブサイトにも登録した。……来週、面接もある」
「……寿和……」
 その報告に、思わず目頭が熱くなる。

 ――……ようやく……わかってくれたんだ……。

「……そっか……良かった……」
 あたしは、視線を下げる。
 ――……これで、ちゃんと別れ話ができる。
 だが、続いた言葉に硬直した。

「――だから、もう、戻って来いよ」

「え」

「別れるなんて、冗談もほどほどにしろよ。オレは、お前がいなきゃダメなんだよ」

「え、ちょっ……寿和、待って……」

 全身の血の気が引いた気がした。
 あたしは、つかまれていた腕を無理矢理振り払う。
「美里」
「……それとこれとは、話が別よ。……アンタが先に、あたしを振ったんじゃない」
 チラチラとすれ違う人達の視線が痛い。
 けれど、人気(ひとけ)の無いところに行ったら、何をされるかわからないのだ。
 さりげなく、通路の端に移動すると、ついてきた寿和を見上げた。
「アンタ、言ったわよね。――母親みたいなんだ、って。……もう、女として見られないって」
「それは――良い意味でだろ。それこそ、家族のような……」
「勝手な事言わないで」
 あたしは、視線を強くする。
「――浮気相手と鉢合わせしたのに、アンタは、彼女のあたしを選ばなかった。それがすべてよ。――悪いけど、あたしは、もうアンタに気持ちは残ってないから」
「美里!」
 寿和は、あたしの肩を両手でつかむ。
「離して」
「オレには、お前しか必要無いんだよ」
 その言葉に、心はきしむ。
 ――……もう、無意識に反応してしまうんだ。

 ――……必要だって、言われたいから……。
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