EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 寿和は、硬直してうつむいたままのあたしを抱き締める。
 こんなところで止めてほしいのに。
 まだ、コイツの感触を懐かしいと思う自分に、嫌気がさす。
「――なあ、美里。この際だから、結婚しようぜ」
「……は?」
 あたしは、もがきながら、寿和から離れようとするが、力を込められ動けない。
「な、いいだろ。何だかんだ言って、二年以上も付き合ってたんだし――お互い元々結婚前提のようなモンだっただろ」
 ――それは、そうだけど。
 三人目の彼に振られて、ヤケのように登録したマッチングアプリは、最終的に結婚がゴールのようなものだったから、同棲するのも早かったのだ。
 でも、結局、お互いを充分知る事も無く始めたものだったから、ひずみができるのも早かった。
 ――あたしは、コイツ専属の家政婦じゃない。
 今までの態度で、寿和にとっての結婚は、イコール自分が楽に生きるためだけの手段とわかった。
 けれど、離れられなかったのは――半分は、責任感だ。
 舞子に言われて、逃げるチャンスは何度かあったけれど、コイツを、あんな風にして放置してしまうのは、どうしてもできなかったから。
「ホラ、帰るぞ。――来月からの部屋、探そうぜ」
 寿和は、あたしの身体を離すと、今度は肩を抱いて歩き出そうとする。
 けれど、それについていく気は、さらさら無い。
 立ち止まったまま動かないあたしを、寿和は、いぶかしげに振り返る。
「おい、美里」
「――ごめん、できない」
「まだ言うのかよ。だから――」
 あたしは、イラつき始めた寿和を、キッと見上げた。

「――あたし、アンタとは別れたと思ってるし、結婚もできない」

「オレは、別れるとは言ってないぞ」

 平行線な言い合いは、お互い、一歩も譲らない。
 でも、ここで負ける訳にはいかないんだ。
 あたしは、息を吸い込み、言葉を続けようとしたが、失敗に終わった。


「――そろそろ、終わってくれると助かるんだが」


「え」

 不意に、後ろから腕を引かれ、バランスを崩す。
 けれど、そんなあたしの身体を、ふわり、と、かぐわしい香りが包んだ。
 ――それは、もう、知っている香り。

「――朝日さん」

 あたしを自分の背に隠し、朝日さんは、寿和を真正面に据えた。
「申し訳無いが、美里は、あなたとは別れたと言っているんです。素直に解放してもらえないでしょうか」
 彼は、取引先を相手にするような物腰の柔らかい態度で、寿和にそう告げる。
 だが、寿和は、それににらみつけて返した。
「アンタには関係無ぇだろ」
「関係あるんだよ」
 不躾な口調に、朝日さんは合わせるように、すぐに言葉を崩した。
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