EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「白山さん」

 それから遅れる事一時間半程。
 改札を出て、会社に向かう途中、不意に後ろから呼び止められた。
 振り返れば、小坂主任が、朝から浴びるにはキツいオーラを振りまきながら、あたしの隣に来る。
「――おはようございます」
「おはよう。白山さん、アナタ、金曜日の合コン、何で途中で帰っちゃったの?」
 ふてくされ気味に言われ、あたしのテンションはさっそく落ちてしまった。
「……所用があると、お伝えしましたが」
「でも、送ってくれるって言われたんだから、送ってもらえば良かったじゃない」
「場がしらけるのも申し訳無いので」
「残された彼――高根さん、だったわよね?残念がってたわよ?」
 あたしは、一瞬、固まってしまう。
 高根さんには、その翌日に、バッタリと会ってしまったのだから。
 ――朝日さんと、一緒のところに。
 すると、小坂主任は、追い越していく鈴原冷食(ウチ)の社員たちを見やりながら、あたしに耳打ちした。

「あのね、あの合コン、ライフプレジャーさんから持ち掛けられたのよ?」

「……はあ……」

「ぶっちゃけ、高根さんが、あなた目当てだってコトで、協力してくれって言われたの」

「……はあ……?」

 思わず、疑問符がついてしまった。
 どうせ、お互いに口実が欲しかっただけだろう。
 あたしを巻き込まないでほしい。

 眉を寄せるあたしを見ると、小坂主任は、同じように眉を寄せた。

「え、ウソ、アナタ、気づいてなかったの?あんなに、あからさまだったのに?」
「……申し訳ありませんが、わかりませんでした」
 知らない、で、通したかったが、彼女は許さないとばかりに、距離を詰めてきた。
「……あの……」
「あのねぇ、チャンスだと思わなかったの?」
「……どうしてですか。……あたしは、付き合ってる人がいますが」
「でも、トラブルになってたんでしょ?部長に聞いたら、場を収めるために付き合ってる振りしたって、おっしゃってたわよ?」
「え」
 あたしは、あの時、朝日さんに念を押した事を思い出す。
 ――……そうか、一応、否定はしてくれていたんだ。
 改めて、彼の誠実さに感動する。
「――だから、次の人がいれば、別れられるんじゃないかと思ったんだけど?」
 何だか、心配で合コンをセッティングしたように聞こえるが――要は、自分がやりたいだけだろう。
 恩着せがましい言い方に、あたしは、表情を消した。

「――ありがとうございます。でも、彼とは、ちゃんと別れましたので」

「じゃあ、良かった。高根さんの事も、考えられるでしょ?」

 何とか振り切ろうとしたが、やはり、逃げられない。
 ――昔から、この人から逃げられた事は無いのだ。
 思えば、新人教育から、この人に世話になりっぱなしだったせいか、逆らうという選択肢が浮かばない。
 でも、今回ばかりは、そうも言っていられない。
 あたしは、視線を彼女に向ける。

「――申し訳ありませんが、無理です」

 それだけ言い残し、足早に彼女から逃げ出した。
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