EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 ――……と……。

 ――……さと……。


「美里」


 不意に身体に軽い振動を感じ、あたしは、ゆっくりと目を開ける。
 真上には、いつになっても見慣れない、朝日さんの端正な顔があって、思わず固まってしまう。
 だが、彼はそんなあたしの額に手を当て、熱を確認していた。
「――……薬が効いているのか、本当に落ち着いたのか、わからないが……熱は下がっているな」
「……だから……大丈夫なんですってば……」
 あたしが言い張ると、朝日さんは眉を寄せる。
「……何が大丈夫だ。うなされていたぞ」
「――え」
 彼に背を支えられ、ゆっくりと起き上がりながら、あたしは首を振った。
「……大丈夫です。……たぶん、嫌な夢見たせいですから……」
「……頻繁に見るのか?」
「え」
「この前も、夢見が悪かったとか言ってただろ」
 あたしは、心配そうに見てくる朝日さんに、苦笑いで返す。
「……今に始まった事じゃないですよ。……ただ、昔の記憶が、出てくるだけで」
「昔?」
「――……失敗続きの恋愛です」
 そう、ふざけ半分に言うと、そっと抱き締められる。
「……もう、失敗なんてさせない」
「――……ありがとうございます」
 あたしは、そっと彼の背に腕を回す。
 その温もりは、ほんの少し、気持ちを穏やかにしてくれた。


「美里、食欲はどうだ?」

 少しの間そうした後、そっと、あたしを離すと、朝日さんはそう尋ねる。
 あたしは、少し考え、微かに首を振った。
「……まだ、あんまり……」
「そうか。一応、おかゆだけは作ったから、腹が減ってきたなら教えてくれ。用意するから」
 ――……どれだけ完璧よ。
 そう、心の中でぼやく。
 こんな人相手に、あたしは、何を張り合えるものがあるっていうの。
 今まで”してあげる”側の自分が、いざ、される立場になると、戸惑いしか無い。
「美里?」
 黙り込んだあたしを、朝日さんは、心配そうにのぞき込む。
 それに作り笑いで返す。
「……すみません……。……大丈夫ですから、あたしの事は気にしないでください」
「美里」
 あたしは、彼の言葉を遮ると、ベッドから下りる。
「おい、まだ、ふらついているだろうが」
 朝日さんが手を伸ばす前に、ぐらりと視界が揺れた。
 だが、彼は、体勢を崩すあたしを抱き留める。
「……大丈夫ですから……。朝日さん、ベッド取っちゃってすみません」
「そんな事は気にするな」
「……伝染(うつ)すと悪いから、ソファで寝ますね……」
 どうにか彼から離れようとするが、上手く身体が動かない。
 あたしは、ぼんやりと顔を上げた。
「……美里、戻れ」
 その言葉に、首を振る。
 ――……迷惑になりたくないだけなのに。
「美里」
「嫌です。……ソファがダメなら、自分の部屋に行きます……」
「美里!」
 もがくあたしを、それ以上の力できつく抱き締めると、朝日さんは、怒ったように言った。

「お前は、今、病人だぞ。――ちゃんとした場所で寝て、ちゃんと治すんだ」

「でも……」

 ――迷惑かけたら、捨てられちゃう……。

 意識が混濁してきたのか、夢か現実かわからないまま、あたしはつぶやいた。


「――……誰が捨てるか。……もう、お前は、オレにとって、大事な女になってるんだよ」


 夢の中で聞いたような言葉は、いつまでも耳に残っていた。
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