EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 あたしは、振り返り顔を上げる。
 後ろには、真っ青な顔をした、朝日さんが立っていた。
「――おはようございます、部長。遅くなり申し訳ございません」
「……休みじゃないのか」
「一言も言ってませんが」
 あたしは、そう言い切ると、彼の手元に視線を移した。
「あ、ああ。済まない。社長への報告に必要かと思ってな。少し借りた」
 朝日さんは、あたしにクリアファイルを手渡す。
「――……いえ、内容は検討中とお伝えいただけましたか」
「……あ、ああ。……先方の提案した企画をいくつか伝えてある。お前が何を選ぶかは、検討中とも。社長は、ただ、興味本位で聞いてきただけだから、そこまで深刻に受け止めなくても大丈夫だ」
「――……承知しました」
 あたしは、頭を下げると、自分の席に戻る。

 ――……これなら、あたし、いらないんじゃないの……。

 書類を見ただけで、説明ができるんなら、朝日さんがやればいいのに。

 思わず、やさぐれてしまう。
 あたしは、どうやってまとめようか、どうやったら伝わるだろうか、と、頭を悩ませていたのに。
 自分の席に着き、クリアファイルから書類を取り出すと、あたしは、パソコンの画面を、にらみつけながら企画書を作り始めた。


 どうにか、夕方には形になり、朝日さんに目を通してもらうように、メモを張って机に置いた。
 彼は、会議だという事で、午後からずっと不在。
 終業のベルが鳴り響き、あたしは、身体を引きずるように動かし、会社を出た。
 昨日の今日で、やっぱり、動きは鈍かったが、頭は昨日ほど使い物にならない訳ではなかったのは幸いだった。
 電車に乗り、空いている席に座ると、ふう、と、息を吐く。
 ――こういう事が出来ないなんて、秋成さんも大変だわ。
 不意に思い出し、あたしは、バッグからスマホを取り出す。

 ――舞子が心配している。

 そう言われてしまえば、スルーする訳にもいかない。
 そもそも、落ち着いたら連絡すると言ったのはあたしだ。
 たぶん――怒ってるだろうな。

 あたしは、舞子に今の状況を簡単にメッセージで送った。
 すると、すぐに返信。
 どうやら、今日は、早番のようで帰る途中らしい。

 ――いつになったら、事情を聞けるのかしらね。

 ふてくされたようなキャラクターのスタンプが送られてきて、あたしは、思わず苦笑いを浮かべる。

 ――……どうせなら、これから説明に行こうか。

 あたしの頭の片隅を、そんな考えがかすめる。
 今、朝日さんの顔を見たくない。
 ――……きっと、八つ当たりしてしまう。
 それは、完全にあたしの事情で。

 舞子には悪いけれど――逃げさせてもらおう。

 あたしは、これから舞子の部屋に行くと送ると、すぐにOKのスタンプが返ってきた。
 秋成さんは、今日は遅くなるらしいから、彼が来るまでお邪魔させてもらおう。
 それで、少しは冷静になれたら――朝日さんに、ちゃんと向き合えるかもしれない。
 ――……彼は、何も悪くないんだから。
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