あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
――今よりはるか昔。
神・霊・鬼・物の怪・妖怪と呼ばれる不可思議な存在が、ひとの世界に密接に関わっていた頃。
鬼と猫のあやかしによる激しい戦いがありました。
(ええーっ!? 猫のあやかしって鬼と戦えるの!? 猫、強ッッ! 桃太郎はなんで鬼ヶ島行くときに猫をスカウトしなかったの?)
「古河さん、聞いていますか?」
「はい、もう両耳全開で聞いています。大変興味深いです」
「では続けます」
フォークを入れると、とろりととろけだす黄金のオムレツ。自家製らしくみずみずしい食感のトマトケチャップと絡めて食べて「美味しすぎる」と呟いてから、龍子はもう一度我に返り、「どうぞどうぞ」と犬島に先を促した。
その手の中で、三毛猫がたいそう険しい顔をして、龍子を見ていた。
――血で血を洗う熾烈な争いの末、見事猫のあやかしは鬼に打ち勝ったのです。
しかし、それで平和が訪れたかといえば、ことはそう単純ではなかった。
人里に災いをもたらした、数々の霊障。それを引き起こしたのが鬼ではなく猫のあやかしだと誤認したひとびとによって、あやかしは迫害の憂き目をみることになったのです。
このとき、ひとの身でありながら猫の側に立ち、猫の守り手となったのが猫宮家の先祖。
あやかしは友好と感謝の証として、人間のまま自由自在に猫に変化できる能力を授けてくださったのです。
この力を用いて、猫宮家は現在の繁栄につながる成功を収めたと伝えられています。
「猫の恩返し的な……? じゃあそれ、良い力ってことですよね?」
「大元をたどればそうなんですけど、いま現在は呪いに近いですね。見ての通り、コントロールがきかなくなっているんです。つまり、自分の意思で猫から人間、人間から猫への変化ができない状態。まさにきまぐれなんです」
「猫だけに」
合いの手を入れたら、三毛猫の猫宮が「うるせぇな」と毒づいた。
「猫宮社長、心なしか人間のときより猫形態の方がお口が悪いですね! そんなところも猫らしくて良いと思います! 推せますよ!」
龍子は心から言ったのに、猫宮の返事はシャアアアアという猫らしい威嚇だった。
犬島はいっさいをそよ風のようにやり過ごし、やわらかな笑みを浮かべたまま話を続行した。
「時代が下り、猫化の能力は段々薄れていきました。ちょうどここ百年、百五十年。明治大正の頃でしょうか、猫化する能力者は一族の中から現れず、あやかしの恩返しは期限を迎えたと考えられていたのです。が、しかしここにきて颯司さんに能力が発現しました」
「それが出物腫れ物所嫌わず、猫化」
「出物と一緒にしてんじゃねえよ」
猫様はたいそう不機嫌そうだったが、龍子はどうしてもその声を聞くと(あは~、猫チャンしゃべってる~!)としまりのない笑顔になってしまう。なお、犬島はやはりすべてを黙殺。
「さすがにこのままでは社会生活が危ういということで、昨日先祖伝来の呪法を試みたのです。詳しい説明は省きますが、上等なコックリさんのようなものだと思ってください」
「上等なコックリさん」
「そこで巡り合ったのが、わが社のルーキーである古河龍子さん、あなたです。あなたは猫化の特効薬のような存在と考えられます。解呪の発動条件はわかりませんが、おそらく接触することで猫宮を人間に戻す能力がある。ちょっと触ってみてください」
流れるように犬島は猫宮を差し出してきた。
ちょうどパンを飲み込んだところであった龍子は「いいですよー」と気軽に手を差し伸べ、嫌そうな顔をしている猫宮のふっくらもふもふした頬に触れた。
……しん。
「あれ?」
声を上げたのは犬島か、龍子か。
どういうわけか、昨日は接触しただけで人間に戻った猫宮だが、このときはまったく変化が見られず。
猫宮は、三毛猫の姿のまま、ふるふるとひげを震わせて言った。
「解呪できない、だと……?」
神・霊・鬼・物の怪・妖怪と呼ばれる不可思議な存在が、ひとの世界に密接に関わっていた頃。
鬼と猫のあやかしによる激しい戦いがありました。
(ええーっ!? 猫のあやかしって鬼と戦えるの!? 猫、強ッッ! 桃太郎はなんで鬼ヶ島行くときに猫をスカウトしなかったの?)
「古河さん、聞いていますか?」
「はい、もう両耳全開で聞いています。大変興味深いです」
「では続けます」
フォークを入れると、とろりととろけだす黄金のオムレツ。自家製らしくみずみずしい食感のトマトケチャップと絡めて食べて「美味しすぎる」と呟いてから、龍子はもう一度我に返り、「どうぞどうぞ」と犬島に先を促した。
その手の中で、三毛猫がたいそう険しい顔をして、龍子を見ていた。
――血で血を洗う熾烈な争いの末、見事猫のあやかしは鬼に打ち勝ったのです。
しかし、それで平和が訪れたかといえば、ことはそう単純ではなかった。
人里に災いをもたらした、数々の霊障。それを引き起こしたのが鬼ではなく猫のあやかしだと誤認したひとびとによって、あやかしは迫害の憂き目をみることになったのです。
このとき、ひとの身でありながら猫の側に立ち、猫の守り手となったのが猫宮家の先祖。
あやかしは友好と感謝の証として、人間のまま自由自在に猫に変化できる能力を授けてくださったのです。
この力を用いて、猫宮家は現在の繁栄につながる成功を収めたと伝えられています。
「猫の恩返し的な……? じゃあそれ、良い力ってことですよね?」
「大元をたどればそうなんですけど、いま現在は呪いに近いですね。見ての通り、コントロールがきかなくなっているんです。つまり、自分の意思で猫から人間、人間から猫への変化ができない状態。まさにきまぐれなんです」
「猫だけに」
合いの手を入れたら、三毛猫の猫宮が「うるせぇな」と毒づいた。
「猫宮社長、心なしか人間のときより猫形態の方がお口が悪いですね! そんなところも猫らしくて良いと思います! 推せますよ!」
龍子は心から言ったのに、猫宮の返事はシャアアアアという猫らしい威嚇だった。
犬島はいっさいをそよ風のようにやり過ごし、やわらかな笑みを浮かべたまま話を続行した。
「時代が下り、猫化の能力は段々薄れていきました。ちょうどここ百年、百五十年。明治大正の頃でしょうか、猫化する能力者は一族の中から現れず、あやかしの恩返しは期限を迎えたと考えられていたのです。が、しかしここにきて颯司さんに能力が発現しました」
「それが出物腫れ物所嫌わず、猫化」
「出物と一緒にしてんじゃねえよ」
猫様はたいそう不機嫌そうだったが、龍子はどうしてもその声を聞くと(あは~、猫チャンしゃべってる~!)としまりのない笑顔になってしまう。なお、犬島はやはりすべてを黙殺。
「さすがにこのままでは社会生活が危ういということで、昨日先祖伝来の呪法を試みたのです。詳しい説明は省きますが、上等なコックリさんのようなものだと思ってください」
「上等なコックリさん」
「そこで巡り合ったのが、わが社のルーキーである古河龍子さん、あなたです。あなたは猫化の特効薬のような存在と考えられます。解呪の発動条件はわかりませんが、おそらく接触することで猫宮を人間に戻す能力がある。ちょっと触ってみてください」
流れるように犬島は猫宮を差し出してきた。
ちょうどパンを飲み込んだところであった龍子は「いいですよー」と気軽に手を差し伸べ、嫌そうな顔をしている猫宮のふっくらもふもふした頬に触れた。
……しん。
「あれ?」
声を上げたのは犬島か、龍子か。
どういうわけか、昨日は接触しただけで人間に戻った猫宮だが、このときはまったく変化が見られず。
猫宮は、三毛猫の姿のまま、ふるふるとひげを震わせて言った。
「解呪できない、だと……?」