あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
アパートに向かい、犬島が即日手配してくれた引越し業者の到着を待って、一緒に梱包作業をして片付け完了。
あとは引き払うだけという状態にして猫宮家に戻ると、もう夕暮れの時間帯だった。
出掛けに教わった通りにセキュリティを解除し、屋敷に入るとしんと静まり返っている。
(犬島さんは書庫……? 社長はまだ帰ってないのかな。猫化大丈夫だったかな~)
実は朝食後、ひと悶着あった。
キスするしない、という。
犬島は「是非に」とすすめていたが、猫宮は固辞。
そこまで頑なな態度とあっては、龍子から「不安ならひとつしておきます?」とは冗談でも言えなかった。龍子自身、人間のときにするのはさすがに抵抗があったので、命拾いした感もある。やせ我慢かもしれないが、猫宮のプライドの高さには感謝と感心をしてしまった。
ちなみに龍子も、猫宮同様いわゆるフリーで、義理立てする相手はいない。
学生時代からバイトに励み、就職してからは会社との往復が精一杯という時間の過ごし方をしてきたため、交際経験すらない。つまり人間の猫宮と致すというこは、「初キス」に該当してしまう。慎重にならざるを得ない。
「ただいま~、かえりました」
ひとまず、龍子は玄関ホールで虚空に向かって声をあげた。
もちろん、返事はない。
その場で、ふと龍子は天井を見上げた。
寄せ木細工のような幾何学模様の刻まれた面に、年代もののシャンデリア。一見して昔の状態を保ちながら、リモコン操作等可能なように、すべてLEDなどを取り入れ、使い勝手が良いように作り変えているようだ。
大切に住み続けていくために。
(明治大正期のものって言っていたけど、この保存状態すごいな……)
ちょうど明治政府が日本人建築家による西洋風の建物を必要とし、外国人建築家を招聘して建築家の育成に力を入れるなどして、日本中に西洋館が広まりを見せた時期のものだ。
龍子の出身地である函館も、江戸時代末期から長崎や横浜と同じく対外貿易の港として発展し、外国人が多く居住した経緯により、こういった建物は多くあった。
自然と興味を持つようになり、独学で勉強していたことから、目の前にあるとつい見入ってしまう。
さすがに、公開された博物館ではなく人様の家なので散策というのも気が引けたが、通り道を見て歩くくらいなら構わないかと、天井から視線を下ろして玄関ホールを見回す。
そこで、ふと視線を感じた。
いつの間にか、正面の階段の途中に三毛猫が忽然と現れていた。
「社長!?」
「にゃあ」〈違うわよ。アンタ昨日も間違えていたでしょ。あの若造と私は似ても似つかないはずよ〉
速攻で、言い返された。
二重音声で、「にゃあ」という猫の言葉の他に、意味のある言葉がしっかりと聞こえた。
「え……? 本物のお猫様の方ですか? あれ? いま何か聞こえ……」
「にゃあん」〈そりゃ、アンタ猫の言葉わかるんでしょ? あの若造ともふつうに話しているし〉
「!!??」
(えーっ!? もしかして、猫状態の猫宮社長と話せるようになったことで、本物の猫さんとも話せるようになったってこと!? すごい!! 夢みたい!! これがあれば猫さんと仲良くなれる……!!)
思わぬ副産物に喜ぶ龍子に対し、階段上の三毛猫は「ふん」と鼻を鳴らしてくるりと背を向けた。
「にゃあ」〈ちょっとアンタ、ついてきなさい〉
「はいっ。何かご用事でも?」
「にゃあ」〈つべこべ言わずに、来ればわかるわよ。この家の連中ときたら、いくら私が手間がかからないからって、放置しすぎなのよ。使えない人間どもね〉
(あれ? 気のせいじゃなければ、このお猫様かなりお口が悪いんじゃ……。いやいや、可愛いお猫さまに限って、まさかそんな)
「にゃ」〈ぐずぐずしない!〉
「はいっ」
反射で返事をすると、三毛猫は軽やかに階段を上って小走りとなる。龍子は見失わないように後を追いながら、(猫って……)と若干割り切れない気持ちになっていた。
可愛い猫と話せるのは嬉しい。
しかしこんなキツイ話しぶりとあらば、本当に聞こえて良かったと言えるのか。
いや、考えすぎだ、と頭を振る。
せっかく猫に必要とされ、何かお願いされているのだ。
この家では一番手が空いている自分が力になってあげなければどうする。
その一心で、猫の後に続いた。
あとは引き払うだけという状態にして猫宮家に戻ると、もう夕暮れの時間帯だった。
出掛けに教わった通りにセキュリティを解除し、屋敷に入るとしんと静まり返っている。
(犬島さんは書庫……? 社長はまだ帰ってないのかな。猫化大丈夫だったかな~)
実は朝食後、ひと悶着あった。
キスするしない、という。
犬島は「是非に」とすすめていたが、猫宮は固辞。
そこまで頑なな態度とあっては、龍子から「不安ならひとつしておきます?」とは冗談でも言えなかった。龍子自身、人間のときにするのはさすがに抵抗があったので、命拾いした感もある。やせ我慢かもしれないが、猫宮のプライドの高さには感謝と感心をしてしまった。
ちなみに龍子も、猫宮同様いわゆるフリーで、義理立てする相手はいない。
学生時代からバイトに励み、就職してからは会社との往復が精一杯という時間の過ごし方をしてきたため、交際経験すらない。つまり人間の猫宮と致すというこは、「初キス」に該当してしまう。慎重にならざるを得ない。
「ただいま~、かえりました」
ひとまず、龍子は玄関ホールで虚空に向かって声をあげた。
もちろん、返事はない。
その場で、ふと龍子は天井を見上げた。
寄せ木細工のような幾何学模様の刻まれた面に、年代もののシャンデリア。一見して昔の状態を保ちながら、リモコン操作等可能なように、すべてLEDなどを取り入れ、使い勝手が良いように作り変えているようだ。
大切に住み続けていくために。
(明治大正期のものって言っていたけど、この保存状態すごいな……)
ちょうど明治政府が日本人建築家による西洋風の建物を必要とし、外国人建築家を招聘して建築家の育成に力を入れるなどして、日本中に西洋館が広まりを見せた時期のものだ。
龍子の出身地である函館も、江戸時代末期から長崎や横浜と同じく対外貿易の港として発展し、外国人が多く居住した経緯により、こういった建物は多くあった。
自然と興味を持つようになり、独学で勉強していたことから、目の前にあるとつい見入ってしまう。
さすがに、公開された博物館ではなく人様の家なので散策というのも気が引けたが、通り道を見て歩くくらいなら構わないかと、天井から視線を下ろして玄関ホールを見回す。
そこで、ふと視線を感じた。
いつの間にか、正面の階段の途中に三毛猫が忽然と現れていた。
「社長!?」
「にゃあ」〈違うわよ。アンタ昨日も間違えていたでしょ。あの若造と私は似ても似つかないはずよ〉
速攻で、言い返された。
二重音声で、「にゃあ」という猫の言葉の他に、意味のある言葉がしっかりと聞こえた。
「え……? 本物のお猫様の方ですか? あれ? いま何か聞こえ……」
「にゃあん」〈そりゃ、アンタ猫の言葉わかるんでしょ? あの若造ともふつうに話しているし〉
「!!??」
(えーっ!? もしかして、猫状態の猫宮社長と話せるようになったことで、本物の猫さんとも話せるようになったってこと!? すごい!! 夢みたい!! これがあれば猫さんと仲良くなれる……!!)
思わぬ副産物に喜ぶ龍子に対し、階段上の三毛猫は「ふん」と鼻を鳴らしてくるりと背を向けた。
「にゃあ」〈ちょっとアンタ、ついてきなさい〉
「はいっ。何かご用事でも?」
「にゃあ」〈つべこべ言わずに、来ればわかるわよ。この家の連中ときたら、いくら私が手間がかからないからって、放置しすぎなのよ。使えない人間どもね〉
(あれ? 気のせいじゃなければ、このお猫様かなりお口が悪いんじゃ……。いやいや、可愛いお猫さまに限って、まさかそんな)
「にゃ」〈ぐずぐずしない!〉
「はいっ」
反射で返事をすると、三毛猫は軽やかに階段を上って小走りとなる。龍子は見失わないように後を追いながら、(猫って……)と若干割り切れない気持ちになっていた。
可愛い猫と話せるのは嬉しい。
しかしこんなキツイ話しぶりとあらば、本当に聞こえて良かったと言えるのか。
いや、考えすぎだ、と頭を振る。
せっかく猫に必要とされ、何かお願いされているのだ。
この家では一番手が空いている自分が力になってあげなければどうする。
その一心で、猫の後に続いた。