あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない

愛はときにうるさくて

 函館と聞いて何を思い浮かべますか?

「えっ、社長、函館初めてなんですか!? それじゃ方角的にまずはベイエリアを目指しましょう! 駐車場に車を置いて、元町エリアを歩きながら向かっても良いかもしれません。せっかくの機会なので、ここぞとばかりに観光です!」

 車載ナビにベイエリア赤レンガ倉庫群を目的地として入力し、龍子は助手席で意気揚々と言った。

「観光はやぶさかじゃないけど、古河さんはそれで良いのか。地元なら見慣れているだろ」

 猫宮は反論というほど強くはないものの、不思議そうに尋ねてくる。
 その一言一言に、龍子は早口かつ百倍の分量で返してしまった。

「何度来ても良いものは良いんです! ベイエリアは景色が綺麗で潮風が気持ち良いのでただ歩くだけでも楽しいですし、天気が悪くても屋内施設、明治館をはじめとした見どころがたくさんあります。だいたい、地元で成立したカップルはここで最初にデートするんじゃないでしょうか。遭遇率がすごいです。『あの二人付き合い始めたんだ!』て感じ。もちろんグルメも満喫できます。函館B級グルメの代名詞、ラッキーピエロの本店はいつも行列ですね。店内の座席がブランコになってるんですよ。その隣にはやきとり弁当で有名なハセガワストアもあります。コンビニなんですけど、お店の中で焼き鳥を焼いていて、その場で注文するシステムです。こう、焼き鳥のタレとのり弁のハーモニーがすごくて、一度食べたら忘れられない味になりますよ。そうだ、焼き鳥って北海道では鶏肉ではなく精肉の串を言うんですけど、ハセストのやきとり弁当も精肉です。美味しいのですよ~。もちろん私は、サイズは大で」

 郷土愛(※うるさい)。
 地元トーク(※過剰)。

 ……話しながら窓の外の景色を見て騒いでいるうちに、あっという間に目的地へ到着。
 有料駐車場に車を入れ、最低限の荷物だけを手に持ち、降車。
 海からの風が吹き抜け、龍子の長い黒髪を弄んだ。
 今日は、自分で購入・準備している時間もなかったので、猫宮家のクローゼットに用意してもらっていた私服から、秋色のレトロ柄ワンピースを選んで着てきていた。
 猫宮は、品の良いシャツにジャケット、チノパン。顔が小さく手足の長い黄金比のバランスで、シンプルな装いがスタイルの良さを引き立てている。

(最強彼氏コーデ……! こ、これは絶対にモテる。社長、人間形態もめちゃくちゃ格好いい)

 いまさら気付いて(おのの)いて、一歩ひいた龍子に対し、猫宮は肩越しに振り返る。

「どうした? ああ、ここ、地元カップルが最初に来るデートスポットなんだっけ。せっかくだから、手をつなごうか」

 透き通るような目に煌めきを浮かべ、口角を上げつつ手を差し出してきた。
 龍子はバッグの持ち手を握りしめて、小さく悲鳴を上げながらさらに後退した。

「やめてください! 知り合いに会ったら確実に付き合ってるって思われます! 上司と部下って言っても誰も信じません! 社長と平社員なのに、ありえないです」
「なるほど。上司と部下だな。だとするとこれはセクハラだ。危ない危ない」

 深く納得したように言われ、龍子はがくがくと頷いた。

(誰がどう見ても釣り合わないし、社長には婚約を噂されるご令嬢もいるっていうのに。私と変な噂になったら、どうするつもりですか)

 十分に距離をおいてから息を吐きだし、念押しをする。

「言い訳が必要なことはしない方が良いです。自分の立場を考えてください」
「俺の立場というと、猫なんだなぁ」
「ああ~、そうだった。猫チャンだった……。急に格好いい私服姿を見せつけてくるから、人間みたいな気がしていたけど、猫でした。すみません。人間でも格好いいってあんまり意識したことなくて。仕事中のスーツももちろん格好いいんですけどね。できる男っぽくて、ドラマかよっていう」

 余計なことまで言い過ぎた。自分の口を呪う。
 猫宮は口元をほころばせて「はいはい」と流して先に立ち、歩き始めた。すぐに立ち止まって、「古河さん」と声をかけてくる。

「俺が先に歩くと、たぶん道に迷うよ。案内を頼む。頼りにしてるんだ、地元民」
「はいっ。おまかせください!」

 小走りに横に追いついて、並んで歩き出す。どうかすると肩がぶつかるような距離で、龍子は慌てて少しだけ離れた。
 今はこれが精一杯で、この先はこれ以上近づくことはないはず。
 猫化の問題が解決するまでの、期限付きの関係なのだから。

「せっかくなら、そのお弁当買って行こうか。天気も良いし、外で食べても気持ちよさそう」
「そうですね! さめても美味しい、なぜならお弁当なので。ぜひ!」

 赤レンガの立ち並ぶ石畳へと、龍子は足取りも軽く踏み出した。


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