あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
日本全国、あちこちに同じ地名があり、たとえば町の元になった地域をさしていう「元町」などは、横浜、神戸と有名どころがずらりと並ぶ。
函館の元町もまた例にもれず。江戸末期からの海外交流がもたらした異国情緒色濃い街並みが特徴で、現在も観光地として人をひきつけている。
「これは日本最古のコンクリート電柱です。地味にすごいです。ちなみに函館山のふもとの函館公園には、現存する国内最古の観覧車もありますよ」
目当ての弁当をテイクアウトで買い求めて後、ベイエリアから元町へと抜ける間、龍子はここぞとばかりに見どころを猫宮に説明し続けた。
「この道沿いの建物も、明治・大正期のものが多くあって、今でもお店として使われているものがいくつもあります。坂の上の教会は外から見るだけでも楽しめますし、旧相馬家住宅のように、かつての個人宅でいまは一般公開されている建物もあります。あとはレトロ建築好きとしては旧函館区公会堂、旧イギリス領事館もおさえておきたいですね。猫宮邸に普段からお住まいの社長には『うちと似てるな』くらいの感覚かもしれませんが……」
「いや、興味ある。時間があったらぜひ行こう」
さしあたりの目的地である、元の祖父母の屋敷へと向かう道すがら、龍子は目についたものをさらに休みなく話す。その龍子にとって、猫宮は良い聞き役であった。地元の話を熱心に聞いてもらえると、素直に嬉しい。
険しい坂を登り、だんだんと山に近づいて、いよいよ未舗装の道へと到達。
そこは、車でも通れなくはないが、すれ違うのは難しいほどの細い道。
鬱蒼と茂った木々が左右から枝を張り巡らせていて、明るく晴れ渡った昼間だというのに、少しだけ薄暗い。奥の方は判然とせず、案内板などももちろんないので、立ち入るには少々覚悟がいる。
「ここです。この先です」
龍子が言うと、猫宮は神妙な面持ちで道の先を見やった。
人通りは少し前から絶えていて、梢が揺れて葉擦れの音だけがざわざと耳につく。
「……行こう」
猫宮の決然とした横顔に、それまでのべつくまなく話し続けていた龍子も急に緊張してきた。
(やっぱり、紗和子さんの手記に何か、函館に関する記載があったのかな……)
前の日曜日は二人で資料を当たっていたし、平日の夜も家に帰ってから資料読みを進めてはいた。だが、一族で最後に猫化が確認されたという女性の手記は、あまりに達筆で龍子には解読が不可だった。
犬島と猫宮が額を付き合わせて、かろうじて読み進められる、というレベル。したがって、そこに何が書かれていたのか、龍子は説明を受けた以上のことは把握していない。
もちろん気にはなっていたが、必要であれば話してくれるだろうと信じて、自分からは教えて欲しいと騒がないようにしていた。
今になって、それで良かったのか、と気がかりになってきた。
焦りとも言う。
そもそも、ここまでの道でとにかくテンションを上げてきたのも、そうしていなけれな落ち着かなかったせいでもある。
もちろん、単に郷土愛が強くて話したくて仕方なかったというのも理由のひとつではあるので、あまり深刻ぶるものでもなかったが。
「社長、もしかして屋敷に関して、何かあたりをつけていることがありますか」
気になるなら、ここで聞いておくに限る。
そう決意して、歩きながら龍子は尋ねてみた。
返事はなく。
「社長?」
呼びかけたそのとき、強い風が吹いてざわざと梢が揺れた。
同時に、ぐらぐらと地面が揺れるような、天地が逆さまになるような感覚があった。
足元をふらつかせながら、視線を走らせる。猫宮の姿がない。
にゃあん。
猫がひとこえ鳴いた。
そちらを見ようと龍子が顔をめぐらせたとき、足元をすり抜けて、三毛猫が走り出した。
道の先、屋敷の方角へと。
(社長、猫化!?)
見失ってはいけないと、龍子も後を追って駆け出した。
函館の元町もまた例にもれず。江戸末期からの海外交流がもたらした異国情緒色濃い街並みが特徴で、現在も観光地として人をひきつけている。
「これは日本最古のコンクリート電柱です。地味にすごいです。ちなみに函館山のふもとの函館公園には、現存する国内最古の観覧車もありますよ」
目当ての弁当をテイクアウトで買い求めて後、ベイエリアから元町へと抜ける間、龍子はここぞとばかりに見どころを猫宮に説明し続けた。
「この道沿いの建物も、明治・大正期のものが多くあって、今でもお店として使われているものがいくつもあります。坂の上の教会は外から見るだけでも楽しめますし、旧相馬家住宅のように、かつての個人宅でいまは一般公開されている建物もあります。あとはレトロ建築好きとしては旧函館区公会堂、旧イギリス領事館もおさえておきたいですね。猫宮邸に普段からお住まいの社長には『うちと似てるな』くらいの感覚かもしれませんが……」
「いや、興味ある。時間があったらぜひ行こう」
さしあたりの目的地である、元の祖父母の屋敷へと向かう道すがら、龍子は目についたものをさらに休みなく話す。その龍子にとって、猫宮は良い聞き役であった。地元の話を熱心に聞いてもらえると、素直に嬉しい。
険しい坂を登り、だんだんと山に近づいて、いよいよ未舗装の道へと到達。
そこは、車でも通れなくはないが、すれ違うのは難しいほどの細い道。
鬱蒼と茂った木々が左右から枝を張り巡らせていて、明るく晴れ渡った昼間だというのに、少しだけ薄暗い。奥の方は判然とせず、案内板などももちろんないので、立ち入るには少々覚悟がいる。
「ここです。この先です」
龍子が言うと、猫宮は神妙な面持ちで道の先を見やった。
人通りは少し前から絶えていて、梢が揺れて葉擦れの音だけがざわざと耳につく。
「……行こう」
猫宮の決然とした横顔に、それまでのべつくまなく話し続けていた龍子も急に緊張してきた。
(やっぱり、紗和子さんの手記に何か、函館に関する記載があったのかな……)
前の日曜日は二人で資料を当たっていたし、平日の夜も家に帰ってから資料読みを進めてはいた。だが、一族で最後に猫化が確認されたという女性の手記は、あまりに達筆で龍子には解読が不可だった。
犬島と猫宮が額を付き合わせて、かろうじて読み進められる、というレベル。したがって、そこに何が書かれていたのか、龍子は説明を受けた以上のことは把握していない。
もちろん気にはなっていたが、必要であれば話してくれるだろうと信じて、自分からは教えて欲しいと騒がないようにしていた。
今になって、それで良かったのか、と気がかりになってきた。
焦りとも言う。
そもそも、ここまでの道でとにかくテンションを上げてきたのも、そうしていなけれな落ち着かなかったせいでもある。
もちろん、単に郷土愛が強くて話したくて仕方なかったというのも理由のひとつではあるので、あまり深刻ぶるものでもなかったが。
「社長、もしかして屋敷に関して、何かあたりをつけていることがありますか」
気になるなら、ここで聞いておくに限る。
そう決意して、歩きながら龍子は尋ねてみた。
返事はなく。
「社長?」
呼びかけたそのとき、強い風が吹いてざわざと梢が揺れた。
同時に、ぐらぐらと地面が揺れるような、天地が逆さまになるような感覚があった。
足元をふらつかせながら、視線を走らせる。猫宮の姿がない。
にゃあん。
猫がひとこえ鳴いた。
そちらを見ようと龍子が顔をめぐらせたとき、足元をすり抜けて、三毛猫が走り出した。
道の先、屋敷の方角へと。
(社長、猫化!?)
見失ってはいけないと、龍子も後を追って駆け出した。