あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
「ええっ。奥尻まで行ってて帰れなくなった? 用事ってそうだったの? そっか~……。うん。いや函館にはべつにまた来るから。先輩にも、うん、大丈夫ちゃんと言っておくね。今回は残念だったけど、気をつけて帰ってきてね~」

 海を見下ろす絶好のロケーションである坂の上のベンチで、念願のやきとり弁当を食べ終えた頃、母親から電話が入った。
 それによると、遠出していて今日中に戻れそうにないとのこと。「何か聞きたいことがあったんだよね?」と気にしていたが、屋敷探訪で大方の用事は済んだとの認識だったので、龍子は「大丈夫大丈夫」と請け合って電話を切った。

 のんびりと風に吹かれていた猫宮には、会話の流れから用件は伝わっていそうだったが、龍子はひとまず両親に会えなくなったことを伝える。
 案の定、すでに用事を終えた感のあった猫宮は「構わない」と軽く言ってから龍子を見つめた。
 人間状態の猫宮と視線がぶつかり、龍子は不意に緊張して動きを止める。
 それを気にすることなく、「時間できたな」と猫宮は軽い口ぶりで言った。そして、微笑みながら続けた。

「せっかくだから、観光を続けるか。こうなったら古河さんの行きたいところ、とことん付き合う。函館はじめての俺にぜひ魅力を教えてくれ」
「お任せください。郷土愛を叫ぶことにおいて、道民の右に出るものはいません。はい、大きく出ましたが、社長は間もなくその意味を思い知ることになるでしょう!」
「うん。期待してる」

 そう言って、猫宮は立ち上がる。そして、さらりと告げた。

「今日の宿泊先は犬島に任せていたけど、どこだったっけ。素泊まりじゃないなら料理の美味しいところかな。楽しみだ」

 宿泊……。
 考えていなかったわけではないが、考えないようにしていたことを思い出して、肝が冷える。

(い、いつも社長とは一緒の部屋で寝ているわけですが……、今日の部屋割りはどうなってるんでしょうか、犬島さん……!)

< 46 / 56 >

この作品をシェア

pagetop