あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
願いはもつれて絡み合い
猫にならないんですが?
* * *
猫宮は、水をいやがることもなくシャワーを済ませ、なぜかきっちりと服を着込んでバスルームから出てきた。
「これから、どこかに出かけるんですか?」
「そういうわけでは。いつ猫になって、どういったタイミングで人間に戻るかわからないので、寛ぎすぎないように」
(なるほど。本人にも猫になる心積もりはあるんですね。たしかに、いざというときに服を着ておきたいというのはわかります)
ちらっと、もしかして部下である自分と同室であるため、あまり隙を見せないように配慮しているのかなと思わないでもなかったが。
それを言うならば猫宮は、このところ毎晩龍子の部屋で野生を失って腹をさらし、コタツでひっくり返って寝ている猫チャンなので、今更である。
「そういえば、連日のコタツ生活で体がバキバキだって言ってませんでしたっけ。せっかくベッドで寝られる機会なんですから、もっとリラックスできる格好で……」
「そうすると裸なんだよな」
(裸族の方でしたか)
「失礼しました。お召し物に関してはお好きになさってください。もう何も口出しなんてしませんとも」
普段屋敷ではスウェットらしきものを身に着けていたが、あれは猫宮なりに同居女性(※龍子)への配慮だったのだろうか。わからないが、やぶ蛇しないことに決める。
「バスルーム先に使わせてもらってありがとう。どうぞ。俺は適当に寝ているので」
「はい、もう、私のことはお構いなく」
長い時間をかけてシャワーをすませた後、どういった状態で部屋に戻るか悩みに悩み、結局備え付けのバスローブ風ルームウェアを選択。そっとドアから部屋をうかがうと――
奥側のベッドで、丸くなって寝ている猫の後ろ姿があった。
部屋の電気が消えているせいで薄暗かったが、見間違いではない。猫だ。
(猫チャン……! 良かったぁ~……! いや、良かったのかな?)
せっかく猫化抑止に関するヒントを求めて函館に来たのに、何も進展していないのは痛手だ。間違いなく。
日中の屋敷訪問で猫宮は何かを摑んでいたようだが、あやかし界隈に疎い龍子には判然としないことばかり。
ただ、たしかに猫宮が言った通り、屋敷の買い主には再度電話を入れてはみたものの、連絡がつかなかった。「直接家を尋ねても無駄だろう。この屋敷はまだ、取り返せない。いまの持ち主にその気がない」と猫宮がはっきりと言っていた。
以降、その件には打つ手なし。なし崩しに楽しい観光一色になってしまった。龍子は満喫していたが、若干申し訳ない気持ちもある。
(手記の解読が進めば、別の方法がわかる? いまのところ有効なのは私のキ……だけ)
バスルームから出て、手前のベッドに乗り上げて膝を抱えて座り、龍子は指で自分の唇に触れた。
昼間、猫の猫宮からキスをされてしまった。
猫ならば良いと言っていたのをしっかりと覚えていたようで、「猫だ」と宣言した上で。
あれだけキスの有効性に自覚があるのなら、毎晩猫になって、朝になると人間に戻っているからくりには気付いていそうなものなのだが。
本当に、コタツだと思っているのか。
「ねえ、猫さん。そこのところ、どうなんですかね」
よく寝ている背中に向かって、問いかける。
すうっとつやつやの毛の腹部がふくらんで、ふう、と息を吐き出すとほんのり沈む。
すうっ。ふう……。
繰り返し。やっぱり、よく寝ている。
(人間の社長はイケメン過ぎて別世界のひとだけど、猫のときは可愛いんだよなぁ)
ちょっとだけ撫でてみよう。なにしろ猫のときは懐いているし、向こうから飛びついてキスしてくるくらいだし、ほんのすこし触るくらいなら。
ベッドを下りて、隣のベッドへとこそこそ歩み寄る。顔が見えるように反対側まで回り込んで、そっとベッドに乗り上げた。
顔を近づけて、よく寝ているのを確認して、顎の下を指で撫でてみる。
ふわふわ。
(くっ……ギャン可愛……! 適度にぬくぬくで、毛が柔らかくてなめらかで。触っても起きないなら、もう少し)
そーっとそーっと背中を撫でてみる。本当は毛が逆立つほどもふもふもしてみたいが、昼間何か変な恨み言を言われたのを思い出し、耐える。ご先祖様にもふられたとかなんとか。先祖代々猫扱いがなっていないようなことを。
「はーっ……可愛い。好き。猫ってどうしてこんなに可愛いんだろう。好き。一緒に寝ていいですかね。いいですよね。猫と人間なら問題ないですよね?」
無いことに決めた。
背中を撫でながら、龍子は三毛猫のそばに体を横たえる。胸の中にうっとりとするような喜びが満ちてきて、堪らずに告白をしてしまった。
聞かれていないのを、これ幸いと。
「好きですよ、猫の猫宮さん。あなたのことが、すごく好きなんです。人間のときには言えないですけどね」
ふわふわの毛を指先に感じながら、龍子は目を閉じる。
明日猫宮より先に起きて、気づかれぬうちにキスをして人間に戻しておけば良い。
そう考えながら、眠りに落ちていった。
幸せな夢が見られそうな予感がした。
* * *
* * *
猫宮は、水をいやがることもなくシャワーを済ませ、なぜかきっちりと服を着込んでバスルームから出てきた。
「これから、どこかに出かけるんですか?」
「そういうわけでは。いつ猫になって、どういったタイミングで人間に戻るかわからないので、寛ぎすぎないように」
(なるほど。本人にも猫になる心積もりはあるんですね。たしかに、いざというときに服を着ておきたいというのはわかります)
ちらっと、もしかして部下である自分と同室であるため、あまり隙を見せないように配慮しているのかなと思わないでもなかったが。
それを言うならば猫宮は、このところ毎晩龍子の部屋で野生を失って腹をさらし、コタツでひっくり返って寝ている猫チャンなので、今更である。
「そういえば、連日のコタツ生活で体がバキバキだって言ってませんでしたっけ。せっかくベッドで寝られる機会なんですから、もっとリラックスできる格好で……」
「そうすると裸なんだよな」
(裸族の方でしたか)
「失礼しました。お召し物に関してはお好きになさってください。もう何も口出しなんてしませんとも」
普段屋敷ではスウェットらしきものを身に着けていたが、あれは猫宮なりに同居女性(※龍子)への配慮だったのだろうか。わからないが、やぶ蛇しないことに決める。
「バスルーム先に使わせてもらってありがとう。どうぞ。俺は適当に寝ているので」
「はい、もう、私のことはお構いなく」
長い時間をかけてシャワーをすませた後、どういった状態で部屋に戻るか悩みに悩み、結局備え付けのバスローブ風ルームウェアを選択。そっとドアから部屋をうかがうと――
奥側のベッドで、丸くなって寝ている猫の後ろ姿があった。
部屋の電気が消えているせいで薄暗かったが、見間違いではない。猫だ。
(猫チャン……! 良かったぁ~……! いや、良かったのかな?)
せっかく猫化抑止に関するヒントを求めて函館に来たのに、何も進展していないのは痛手だ。間違いなく。
日中の屋敷訪問で猫宮は何かを摑んでいたようだが、あやかし界隈に疎い龍子には判然としないことばかり。
ただ、たしかに猫宮が言った通り、屋敷の買い主には再度電話を入れてはみたものの、連絡がつかなかった。「直接家を尋ねても無駄だろう。この屋敷はまだ、取り返せない。いまの持ち主にその気がない」と猫宮がはっきりと言っていた。
以降、その件には打つ手なし。なし崩しに楽しい観光一色になってしまった。龍子は満喫していたが、若干申し訳ない気持ちもある。
(手記の解読が進めば、別の方法がわかる? いまのところ有効なのは私のキ……だけ)
バスルームから出て、手前のベッドに乗り上げて膝を抱えて座り、龍子は指で自分の唇に触れた。
昼間、猫の猫宮からキスをされてしまった。
猫ならば良いと言っていたのをしっかりと覚えていたようで、「猫だ」と宣言した上で。
あれだけキスの有効性に自覚があるのなら、毎晩猫になって、朝になると人間に戻っているからくりには気付いていそうなものなのだが。
本当に、コタツだと思っているのか。
「ねえ、猫さん。そこのところ、どうなんですかね」
よく寝ている背中に向かって、問いかける。
すうっとつやつやの毛の腹部がふくらんで、ふう、と息を吐き出すとほんのり沈む。
すうっ。ふう……。
繰り返し。やっぱり、よく寝ている。
(人間の社長はイケメン過ぎて別世界のひとだけど、猫のときは可愛いんだよなぁ)
ちょっとだけ撫でてみよう。なにしろ猫のときは懐いているし、向こうから飛びついてキスしてくるくらいだし、ほんのすこし触るくらいなら。
ベッドを下りて、隣のベッドへとこそこそ歩み寄る。顔が見えるように反対側まで回り込んで、そっとベッドに乗り上げた。
顔を近づけて、よく寝ているのを確認して、顎の下を指で撫でてみる。
ふわふわ。
(くっ……ギャン可愛……! 適度にぬくぬくで、毛が柔らかくてなめらかで。触っても起きないなら、もう少し)
そーっとそーっと背中を撫でてみる。本当は毛が逆立つほどもふもふもしてみたいが、昼間何か変な恨み言を言われたのを思い出し、耐える。ご先祖様にもふられたとかなんとか。先祖代々猫扱いがなっていないようなことを。
「はーっ……可愛い。好き。猫ってどうしてこんなに可愛いんだろう。好き。一緒に寝ていいですかね。いいですよね。猫と人間なら問題ないですよね?」
無いことに決めた。
背中を撫でながら、龍子は三毛猫のそばに体を横たえる。胸の中にうっとりとするような喜びが満ちてきて、堪らずに告白をしてしまった。
聞かれていないのを、これ幸いと。
「好きですよ、猫の猫宮さん。あなたのことが、すごく好きなんです。人間のときには言えないですけどね」
ふわふわの毛を指先に感じながら、龍子は目を閉じる。
明日猫宮より先に起きて、気づかれぬうちにキスをして人間に戻しておけば良い。
そう考えながら、眠りに落ちていった。
幸せな夢が見られそうな予感がした。
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