あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
「猫チャン……?」
「おい、がらりと態度を変えるな。なんだそのちゃん付けは。俺だ俺、猫宮だ」
「しかも三毛猫ですか? あ~、茶色部分に若干社長の頭髪の痕跡が。そっか、三毛猫の雄って人間になるとイケメンなのか。それは高額取引されるなぁ……」
「ちょっと待て。何かおかしい。お前は何を言っているんだ」
分厚い絨毯の上で、龍子を見上げて騒ぐ三毛猫。逃げる様子はないので、この際よく見てみようと龍子はしゃがみこむ。近くで見ても実にかわいい猫で、頬が緩みにへらっとしまりなく笑ってしまった。
「猫チャン社長、黙っていた方がかわいいですよ。ちょっと触ってみていいですか?」
「猫チャンじゃなくて猫宮だって言ってんだろ。触るな。噛みつくぞ!」
シャアアアア、と威嚇してくる様が猫そのもので、龍子は腹を抱えて笑ってしまった。
そこにすかさず、犬島が口を挟む。
「触ってもらいましょう、社長。先程の猫から人間に戻ったきっかけは、お二人の接触かもしれません。再現できるか試してみましょう。なにしろ彼女は呪法で召喚した救世主なわけですから」
(異世界勇者召喚みたいなこと言い出したけど、ここ都内社長室……。呪法の有効範囲狭すぎない?)
物申したい気分でいっぱいの龍子をよそに、三毛猫がぐっと渋い表情になる。
「む……。たしかに、古河さんには猫化解呪能力がありそうだが……、発動条件は本当に接触か?」
チラッと猫は龍子を見上げた。懐かない猫が、それでも餌か猫じゃらしを気にしている素振りそのものだ。
(ドがつくツン猫が、何か言いたそうにこっちを見ている……! 仲間にしますよ!?)
龍子は猫が好きだった。猫宮社長は雲の上のひと過ぎて現実の人間と認識したことすらなかったが、それでも(社長と結婚して社長の姓になったら「猫」宮になれるなぁ)と考えたことはある。
その「猫」宮社長が龍子を横目でチラッ、チラッと見てくるのだ。龍子は満面の笑みで両手を差し出した。
「猫チャン? どこ撫でますか? おねだりしてくれるんですか? 可愛いですね!」
「くそっ。猫ハラスメントゆるすまじ人間風情が」
「社長、身も心も猫になりすぎですよ。ここはこだわりを捨てて彼女の手に身を任せてください。心は許さなくてもいいですから」
(犬島さんは悪の宰相ぶりをもう少しオブラートに包めばいいのに)
他人事ながらそう思わないでもない龍子だったが、この後彼らと長い付き合いになるだなんてこのときは露ほども思っておらず。
おいでおいで、と猫に向かって差し伸べた手を軽く揺らす。
三毛猫は、腰を下ろしつつ前足は揃えて体を伸ばした通称「エジプト座り」の状態のまま、器用な横移動で龍子に近寄ってきた。そして、嫌そうに目を瞑り、頭をそうっと龍子の手に押し付けてきた。
ふに
手に接触した耳が折れ、龍子が手加減しながら後頭部から首筋を撫でてみると、目を瞑ったままじっと耐えている。そのまま撫でる手が背中に移動し、顎の下に戻った。撫で続けることしばし。
ごろごろごろごろ
喉を鳴らし始めた。心なしか、猫の表情が「ほうっ」と和らいでいる。
連日の激務で疲労困憊だった龍子もまた、妙に癒やされてにこにことしてしまった。
その奇妙に凪いだ空気は、「む」と目を見開いた猫が、みるみる間に人間の男になったことで瓦解した。
床に長い脚を投げ出すようにして座り込んだ猫宮社長が、こつ然と現れる。
行き場を失った手が空を切り、龍子は思わず抗議した。
「おい、がらりと態度を変えるな。なんだそのちゃん付けは。俺だ俺、猫宮だ」
「しかも三毛猫ですか? あ~、茶色部分に若干社長の頭髪の痕跡が。そっか、三毛猫の雄って人間になるとイケメンなのか。それは高額取引されるなぁ……」
「ちょっと待て。何かおかしい。お前は何を言っているんだ」
分厚い絨毯の上で、龍子を見上げて騒ぐ三毛猫。逃げる様子はないので、この際よく見てみようと龍子はしゃがみこむ。近くで見ても実にかわいい猫で、頬が緩みにへらっとしまりなく笑ってしまった。
「猫チャン社長、黙っていた方がかわいいですよ。ちょっと触ってみていいですか?」
「猫チャンじゃなくて猫宮だって言ってんだろ。触るな。噛みつくぞ!」
シャアアアア、と威嚇してくる様が猫そのもので、龍子は腹を抱えて笑ってしまった。
そこにすかさず、犬島が口を挟む。
「触ってもらいましょう、社長。先程の猫から人間に戻ったきっかけは、お二人の接触かもしれません。再現できるか試してみましょう。なにしろ彼女は呪法で召喚した救世主なわけですから」
(異世界勇者召喚みたいなこと言い出したけど、ここ都内社長室……。呪法の有効範囲狭すぎない?)
物申したい気分でいっぱいの龍子をよそに、三毛猫がぐっと渋い表情になる。
「む……。たしかに、古河さんには猫化解呪能力がありそうだが……、発動条件は本当に接触か?」
チラッと猫は龍子を見上げた。懐かない猫が、それでも餌か猫じゃらしを気にしている素振りそのものだ。
(ドがつくツン猫が、何か言いたそうにこっちを見ている……! 仲間にしますよ!?)
龍子は猫が好きだった。猫宮社長は雲の上のひと過ぎて現実の人間と認識したことすらなかったが、それでも(社長と結婚して社長の姓になったら「猫」宮になれるなぁ)と考えたことはある。
その「猫」宮社長が龍子を横目でチラッ、チラッと見てくるのだ。龍子は満面の笑みで両手を差し出した。
「猫チャン? どこ撫でますか? おねだりしてくれるんですか? 可愛いですね!」
「くそっ。猫ハラスメントゆるすまじ人間風情が」
「社長、身も心も猫になりすぎですよ。ここはこだわりを捨てて彼女の手に身を任せてください。心は許さなくてもいいですから」
(犬島さんは悪の宰相ぶりをもう少しオブラートに包めばいいのに)
他人事ながらそう思わないでもない龍子だったが、この後彼らと長い付き合いになるだなんてこのときは露ほども思っておらず。
おいでおいで、と猫に向かって差し伸べた手を軽く揺らす。
三毛猫は、腰を下ろしつつ前足は揃えて体を伸ばした通称「エジプト座り」の状態のまま、器用な横移動で龍子に近寄ってきた。そして、嫌そうに目を瞑り、頭をそうっと龍子の手に押し付けてきた。
ふに
手に接触した耳が折れ、龍子が手加減しながら後頭部から首筋を撫でてみると、目を瞑ったままじっと耐えている。そのまま撫でる手が背中に移動し、顎の下に戻った。撫で続けることしばし。
ごろごろごろごろ
喉を鳴らし始めた。心なしか、猫の表情が「ほうっ」と和らいでいる。
連日の激務で疲労困憊だった龍子もまた、妙に癒やされてにこにことしてしまった。
その奇妙に凪いだ空気は、「む」と目を見開いた猫が、みるみる間に人間の男になったことで瓦解した。
床に長い脚を投げ出すようにして座り込んだ猫宮社長が、こつ然と現れる。
行き場を失った手が空を切り、龍子は思わず抗議した。