あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
 龍子がすっかり寝た頃合いをみはからって、三毛猫が目を見開いた。
 軽く寝返りを打ちながら、ごく近い位置から龍子の寝顔をのぞきこむ。

「毎晩遅くまで起きてるからな……。あんなに勉強していないで、もっと早く寝れば良いのに。古河さんこそ疲れが溜まってるだろ」

 ぼそぼそと声に出して言ってしまってから、はっと気付いて口を閉ざす。
 ぐっすりと寝息をたてて寝ている龍子に、起きる気配はない。
 ほっと息を吐き出した三毛猫は、すくっと立ち上がって龍子のすぐそばに歩み寄り、触れ合う位置に倒れ込む。体を丸めて、一部を少しだけ接触させる。

(古河さんが、猫と一緒に寝たいって言っていたから)

 誰にともなく言い訳をして、完全な円となり、自分の体に顎を沈めて目を閉ざす。
 そのわずか数秒後。

 ぴこっと三角の耳が立ち上がり、部屋の中の気配を探ってぴくぴくと震えた。その耳が何かを捉えるより先に、三毛猫の体に変化が訪れる。
 金縛りにあったかのように身をこわばらせてから、ぎくしゃくとした動作で立ち上がった。

紗和子(さわこ)……さん……? それは」

 三毛猫の唇から焦ったような声が漏れるも、動きは止まらず。寝ている龍子の胸元に音もなく飛び乗り、唇に唇を寄せた。
 触れる。
 瞬く間に猫の体が、青年の姿へと変化する。
 自分の体の重みで龍子を潰さぬよう、両脇に両手をついて体を浮かせながら、猫宮は小声で叫んだ。

「だめだ、これはあのひとじゃない。違う、思いを叶える相手じゃ……」

 抵抗しきれなかったように。
 がくりと首を垂れて、今一度龍子の唇に唇を重ねる。
 長い長い口吻の果てに。
 ぐしゃ、と青年の手がシーツを握りしめた。

「わかっただろ。『秋津(あきつ)』さんじゃない。あのひとはここにはいない。出ていってくれ、紗和子さん。その件はいずれけりをつけるから」

 固い声音で告げてから、龍子の隣に体を投げ出すようにして横たわった。
 右手の甲で目元を覆い、深い溜息をつく。
 体を奪おうとしたものと争ったおかげで、もうそれ以上、指の一本も動かすことができない。

(ここで寝るわけには。せめて隣のベッドに移動しないと。朝起きたときに、古河さんが驚いてしまうから……)

 その思いも虚しく、意識がどろりととけて、深い闇へと落ちていく。
 それ以降、朝を迎えるまで、一度も目を覚ますことはなく。
 ただこんこんと、眠り続けることとなった。

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