あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
 危なかった。
 駐車場にたどりつき、車に乗り込んだところで、猫宮が猫になった。
 周囲にひとがいなかったことに胸をなでおろしつつ、龍子はふと気になっていたことを尋ねた。

「どうして簡単な接触だけじゃなくて、キスが有効なんでしょうね?」

 今はまだ、微妙な緊張感のある二人。こうして不意に猫になったとき、どちらからキスをするか、うかがいあう空気になってしまう。
 ひとまず後部座席に身を隠した三毛猫の猫宮は、ぴしっとエジプト座りをして龍子を見て言った。

「俺の猫化に関わっているのはまず間違いなく例の悪霊みたいなもの、なんだが。解呪方法がキスであることを、気に入っているんだ。おそらくあの存在の中で、それが霊的な意味を持つ契約となり、君を俺の【花嫁】だと認識するに至ったんだろう」

「……? もう少しわかりやすく言うと?」

 首を傾げながら顔を近づけると、三毛猫はシートの上で前足をふみふみとした。首を伸ばそうとして届かず、シートから落ちかけて踏みとどまった仕草。
 キス失敗。
 ふたたびうかがいあう空気になったとき、三毛猫が切なげに目を細めて龍子を見つめた。

「古河さんのキスはファーストだけではなくセカンドもサードも俺に欲しい。叶うことなら、その先もぜんぶ」
「猫のときならもうたくさん……」

 冗談めかして笑った龍子に向かって、猫がジャンプする。
 唇が触れた瞬間、人間の青年が姿を現して「この後部座席の狭さはどうにかならないのかな」とぼやいた。

「せ、狭いですよね!」

 狭すぎて、いまにもぶつかりそうなほど顔が近い。
 間近な位置で見つめ合った人間の猫宮に動揺しつつ龍子は即座に言ったが、猫宮はくすりと笑って言った。

「人間の俺にはまだ慣れない? そろそろ慣れて欲しい。毎晩一緒に寝ている仲だ」
「そ、それは……やむをえず」
「やむを得ない事情がなくなっても、俺はずっと一緒が良い。古河さんは?」

 真面目な声で尋ねられて、ごまかしきれず。
 龍子は、観念して頷いた。

 猫宮の腕が伸びてきて、龍子の首にまわされる。
 引き寄せられて体を倒し、目を閉ざした。

 ――古河さんのキスはファーストだけではなくセカンドもサードも俺に欲しい。叶うことなら、その先もぜんぶ

 猫化現象がいつまで続き、どういう終わりを迎えるのか。
 未来を見通すことはできないけれど。

 いつか彼と数え切れないほどのキスをする。
 龍子の中には、たしかな予感があった。


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