あやかし猫社長は契約花嫁を逃さない
久しぶりに熟睡して目覚めはすっきりだったが、時計を確認すればまだ朝の六時。
身支度を整えても、出社までは余裕のある時間帯だった。住所はよくわからないが、少なくとも普段龍子が暮らしているアパートよりは会社に近いはず。
(昨日着ていた服は洗濯にでもいったのか何もない。このスーツ一式、サイズは合ってるけどものすごく高そうな)
用意されていたスーツに袖を通し、猫宮に連絡をすると、犬島が迎えに現れた。
朝で社外ということを考えれば、いつ休んでいるのかわからないくらい、平素と変わらぬ折り目正しいスーツ姿。
「おはようございます」
「おはようございます。犬島さんは、ここに住んでいるんですか」
「そういうわけではないんですが、部屋は用意して頂いています。結果的に泊りがけになることもあるので」
「秘書って大変ですね」
「すぐに慣れますよ」
(……慣れ?)
受け答えに若干の違和感はあったが、すぐに話題が移り変わり聞きそびれる。
「昨日はよく寝られましたか?」
「それはもう、ぐっすり。ただ着いたときは疲れていてよく見ていなかったんですけど、さすがにすごいお屋敷ですね。旧函館区公会堂かと思いました」
あはは、と龍子が笑いながら言うと、肩を並べて歩きながら犬島も感じよく笑って言う。
「ああ、古河さんは御出身が北海道なんですよね。旧函館区公会堂はたしか、明治時代の竣工でしたか。時代的には猫宮本宅の西洋館も近いです。設計はジョサイア・コンドルの流れを汲む建築家で、時代とともに設備は入れ替えていますけど、基本的には建築当時の面影を留めるような手の入れ方をしていますので」
(流暢な説明ですけど、私の個人情報ガッチリ押さえてるぅ~!)
一夜明けて疲労から回復して思考も回り始めてみれば、状況の異様さにかえってつっこみにくいものを感じる。下手なことは言えない、と。
返答にまごついたちょうどそのとき、犬島がドアの前で立ち止まる。
ノックすることもなく開け、龍子を通した。
「こちらで少しお待ちください。社長も向かっていますので、まもなく到着します。私は朝食をご用意して参りますので」
「あ、ああ~、そうですね、お腹は空いてます……!」
言われた途端に急に空腹が意識され、龍子は正直に告げた。犬島は感じよく笑って「では」と言い置いて去っていく。
(待てと言われた以上、動き回っても仕方ないし中で待ちますか)
ジタバタしても仕方ない、と龍子は部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の内装の豪華さに溜息をつく前に、熱い視線を感じて足を止め、辺りを見回す。
ソファに座った三毛猫が、じっと龍子を見ていた。
(三毛……猫!?)
もしかして、と龍子は思わず話しかけてしまう。
「まさか、社長でいらっしゃいますか!?」
身支度を整えても、出社までは余裕のある時間帯だった。住所はよくわからないが、少なくとも普段龍子が暮らしているアパートよりは会社に近いはず。
(昨日着ていた服は洗濯にでもいったのか何もない。このスーツ一式、サイズは合ってるけどものすごく高そうな)
用意されていたスーツに袖を通し、猫宮に連絡をすると、犬島が迎えに現れた。
朝で社外ということを考えれば、いつ休んでいるのかわからないくらい、平素と変わらぬ折り目正しいスーツ姿。
「おはようございます」
「おはようございます。犬島さんは、ここに住んでいるんですか」
「そういうわけではないんですが、部屋は用意して頂いています。結果的に泊りがけになることもあるので」
「秘書って大変ですね」
「すぐに慣れますよ」
(……慣れ?)
受け答えに若干の違和感はあったが、すぐに話題が移り変わり聞きそびれる。
「昨日はよく寝られましたか?」
「それはもう、ぐっすり。ただ着いたときは疲れていてよく見ていなかったんですけど、さすがにすごいお屋敷ですね。旧函館区公会堂かと思いました」
あはは、と龍子が笑いながら言うと、肩を並べて歩きながら犬島も感じよく笑って言う。
「ああ、古河さんは御出身が北海道なんですよね。旧函館区公会堂はたしか、明治時代の竣工でしたか。時代的には猫宮本宅の西洋館も近いです。設計はジョサイア・コンドルの流れを汲む建築家で、時代とともに設備は入れ替えていますけど、基本的には建築当時の面影を留めるような手の入れ方をしていますので」
(流暢な説明ですけど、私の個人情報ガッチリ押さえてるぅ~!)
一夜明けて疲労から回復して思考も回り始めてみれば、状況の異様さにかえってつっこみにくいものを感じる。下手なことは言えない、と。
返答にまごついたちょうどそのとき、犬島がドアの前で立ち止まる。
ノックすることもなく開け、龍子を通した。
「こちらで少しお待ちください。社長も向かっていますので、まもなく到着します。私は朝食をご用意して参りますので」
「あ、ああ~、そうですね、お腹は空いてます……!」
言われた途端に急に空腹が意識され、龍子は正直に告げた。犬島は感じよく笑って「では」と言い置いて去っていく。
(待てと言われた以上、動き回っても仕方ないし中で待ちますか)
ジタバタしても仕方ない、と龍子は部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の内装の豪華さに溜息をつく前に、熱い視線を感じて足を止め、辺りを見回す。
ソファに座った三毛猫が、じっと龍子を見ていた。
(三毛……猫!?)
もしかして、と龍子は思わず話しかけてしまう。
「まさか、社長でいらっしゃいますか!?」