婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
序章 エレトーンは優雅に微笑む
豊かな自然と広大な土地、それを表すかのようにおおらかな者が多いロースビート王国。
だが、そのおおらかな者たちも眉をひそめる出来事が、今まさに起きようとしていた。
「エレトーン! お前との婚約を破棄する!!」
高等部の卒業パーティーで高々と宣言したのは、この国の王太子。アラート=ロースビートだ。
卒業すれば次期国王として、国のために施政に携わっていく予定の人物である。
そして、この卒業パーティーは、明日からの短期休暇後、様々な職に就く者の集まりであった。宣言したアラートはもちろん、エレトーンと名指しされた令嬢も卒業する。
その華々しい卒業式で、アラートが空気の読めない宣言をしたのだ。
ここは、皆で卒業を祝う会であって、決して婚約破棄を宣言する場所ではない。
「婚約を……破棄ですか?」
突如として名指しで呼びつけられた令嬢は、思わぬ注目を浴び、唖然とした。
彼女の名は、エレトーン=ハウルベッグ。
ハウルベッグ侯爵家の長女で、誰もが羨む美貌とプロポーション、輝く金色の髪にアクアマリンのような瞳を持った美しい令嬢だ。
エレトーンは、一瞬現実逃避しかけたが、皆の視線に気付きすぐに現実に帰ってきた。
叶うことなら、永遠に逃避したい。エレトーンが突然の茶番劇に頭を悩ませていると、ショックで黙り込んだとアラートは盛大に勘違いした。気をよくしたアラートは、高揚した様子で話を続ける。
「そうだ。お前みたいな辛辣で傲慢な女との婚約を破棄し、私はここにいるカリンと新たに婚約する!!」
そう宣言すると、カリンと呼んだ令嬢を自分の腕の中に引き寄せた。
彼女の名はカリン=コード。
婚約者であるエレトーンを蔑ろにして、アラートがいつも一緒にいる令嬢だ。
アラートやエレトーンのひとつ年下だが、あまりいない中途入学で目立った存在だった。
彼女の性格はどうであれ、少しくせ毛のふわふわした髪と、クリクリした瞳。それに加えて平均より小さな身長が護欲をかき立てるらしく、男には大変人気がある。
聞いたところ男爵家の令嬢らしいのだが、貴族というより平民の感覚を持っているようだ。
エレトーンが白けた表情でカリンを見れば、カリンは小さな悲鳴をあげてアラートの腕にしがみついた。
だが、一瞬、彼女が口端を上げたのをエレトーンは見逃さなかった。
エレトーンにマウントを取ったつもりでいるのだろうが、そんな見え透いた安い挑発に乗ったりはしない。なぜなら、彼女の思う壺だからだ。
アラートの相手でさえ面倒なのに、カリンの相手までしたくなかった。
ふたりを見たエレトーンは、心底疲れたことをごまかすように腰に手をあてた。
「はぁ……却下」
「は?」
却下の返答など想定していなかったアラートは、気のせいかと眉根を寄せたが――
「却下いたしますわ」
もう一度同じセリフと共に、今度はバサリと扇を開く音がした。
そう、音の主は目の前のエレトーンである。扇で口元こそ覆ってはいたが、見える目が『破棄なんてできますの?』と雄弁に語っていた。
「は? お前に却下などできるわけないだろう!! エレトーン」
アラートはその仕草にカチンときたが、すぐにエレトーンを小バカにし、鼻を鳴らした。
婚約破棄されたくないのはわかるが、王太子であるアラートが命じているのだ。普通に考えれば侯爵令嬢のエレトーンが却下するなどあり得ない。
アラート王子がそう鼻息を荒くするが、エレトーンは扇の中で不敵に笑っていた。
あれほど、忠告を差し上げていたのに――と。
だが、そのおおらかな者たちも眉をひそめる出来事が、今まさに起きようとしていた。
「エレトーン! お前との婚約を破棄する!!」
高等部の卒業パーティーで高々と宣言したのは、この国の王太子。アラート=ロースビートだ。
卒業すれば次期国王として、国のために施政に携わっていく予定の人物である。
そして、この卒業パーティーは、明日からの短期休暇後、様々な職に就く者の集まりであった。宣言したアラートはもちろん、エレトーンと名指しされた令嬢も卒業する。
その華々しい卒業式で、アラートが空気の読めない宣言をしたのだ。
ここは、皆で卒業を祝う会であって、決して婚約破棄を宣言する場所ではない。
「婚約を……破棄ですか?」
突如として名指しで呼びつけられた令嬢は、思わぬ注目を浴び、唖然とした。
彼女の名は、エレトーン=ハウルベッグ。
ハウルベッグ侯爵家の長女で、誰もが羨む美貌とプロポーション、輝く金色の髪にアクアマリンのような瞳を持った美しい令嬢だ。
エレトーンは、一瞬現実逃避しかけたが、皆の視線に気付きすぐに現実に帰ってきた。
叶うことなら、永遠に逃避したい。エレトーンが突然の茶番劇に頭を悩ませていると、ショックで黙り込んだとアラートは盛大に勘違いした。気をよくしたアラートは、高揚した様子で話を続ける。
「そうだ。お前みたいな辛辣で傲慢な女との婚約を破棄し、私はここにいるカリンと新たに婚約する!!」
そう宣言すると、カリンと呼んだ令嬢を自分の腕の中に引き寄せた。
彼女の名はカリン=コード。
婚約者であるエレトーンを蔑ろにして、アラートがいつも一緒にいる令嬢だ。
アラートやエレトーンのひとつ年下だが、あまりいない中途入学で目立った存在だった。
彼女の性格はどうであれ、少しくせ毛のふわふわした髪と、クリクリした瞳。それに加えて平均より小さな身長が護欲をかき立てるらしく、男には大変人気がある。
聞いたところ男爵家の令嬢らしいのだが、貴族というより平民の感覚を持っているようだ。
エレトーンが白けた表情でカリンを見れば、カリンは小さな悲鳴をあげてアラートの腕にしがみついた。
だが、一瞬、彼女が口端を上げたのをエレトーンは見逃さなかった。
エレトーンにマウントを取ったつもりでいるのだろうが、そんな見え透いた安い挑発に乗ったりはしない。なぜなら、彼女の思う壺だからだ。
アラートの相手でさえ面倒なのに、カリンの相手までしたくなかった。
ふたりを見たエレトーンは、心底疲れたことをごまかすように腰に手をあてた。
「はぁ……却下」
「は?」
却下の返答など想定していなかったアラートは、気のせいかと眉根を寄せたが――
「却下いたしますわ」
もう一度同じセリフと共に、今度はバサリと扇を開く音がした。
そう、音の主は目の前のエレトーンである。扇で口元こそ覆ってはいたが、見える目が『破棄なんてできますの?』と雄弁に語っていた。
「は? お前に却下などできるわけないだろう!! エレトーン」
アラートはその仕草にカチンときたが、すぐにエレトーンを小バカにし、鼻を鳴らした。
婚約破棄されたくないのはわかるが、王太子であるアラートが命じているのだ。普通に考えれば侯爵令嬢のエレトーンが却下するなどあり得ない。
アラート王子がそう鼻息を荒くするが、エレトーンは扇の中で不敵に笑っていた。
あれほど、忠告を差し上げていたのに――と。
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