婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
 ※※※

 マイラインとエレトーンが初めて会ったのは、およそ十年前。
 マイラインは国王を伯父に持つ、公爵令嬢。国王の妹である母に似た綺麗な顔立ちは、マイラインも自慢だった。娘がいない伯父の国王にも、かわいがってもらっている。
 その蝶よ花よと育てられたマイラインに衝撃を与えたのが、侯爵令嬢のエレトーンの存在だった。
 マイラインと同じ年齢で身分も近いエレトーンが出会うのは、偶然ではなく必然。もはや、運命だったと言っても過言ではない。
 マイラインはずっと、この国で自分が一番かわいいのだと思っていた。
 だが、エレトーンを初めて見た瞬間――生まれて初めて敗北感を覚えた。
 光り輝く黄金の髪にアクアマリンのような綺麗な瞳、小さく形のいい唇、洗練された仕草。
 花が咲いたようなかわいらしい笑顔と耳に心地いい凛とした声。
 そのすべてが、マイラインに衝撃を与えたのだ。
 それと同時に、ひどく自分が醜く感じ……あの子を貶めたいと思ったのだ。
 エレトーンがいる限り、自分は一番ではない。
 彼女と会うたびに、お前は二番だと思い知らされているみたいで、許せなかった。
 危害を加えるまではしなくとも、嫌な噂や陰口を広めて、いつかあの美しい顔を歪めたいと思うようになったのだ。
 だが、パーティーで会った時にドレスにワインをかけても、仲間たちとわざとらしく罵っても、エレトーンは涙を見せることも、マイラインに屈することも決してなかった。
 それどころか、エレトーンはますます綺麗になっていったのだ。

 ――パシッ。
 そんなある日。
 なにをしても一切揺るがず気高いエレトーンに、マイラインは思わず手が出てしまった。

「あなたなんてお父様に潰してもらうんだから!!」

 公爵の身分を笠に着て、マイラインはエレトーンを屈服させてやろうと口にした。
 さすがのエレトーンも身分を盾にされたら、動揺し頭を下げるだろうと考えた。だが、エレトーンは頭を下げるどころか、マイラインにたたかれた頬をなぞり、鼻で笑ったのだ。

「いいですわよ」と。

「え?」

 それに動揺したのは、マイラインの方だった。
 公爵と侯爵。そこには決定的な身分差がある。さすがのエレトーンも身分を出されたら公爵令嬢であるマイラインに逆らわないと、そう思っていた。
 だが、それでもなお屈服などせず、凛としている。

「それで、あなたは“稀代のバカ公女”のレッテルを貼られるのですね」
「は?」
「自分の()(まま)のために、権力を使って無実の女を貶めた“稀代のバカ公女”マイラインと歴史に名を残すのですか?」
「は? なにを言って――」
「自分の欲のために、他人の人生を台無しにすればそう言われるでしょう。あぁ、ひょっとして……我が家がおとなしくしているとでも? 少なくとも父は私になにがあったか調べますわよ」
「そんなの――」
「権力でもみ消すと? さて、それはどうですかね。侯爵の名は伊達ではないんですよ?」
「う、うちは王家の血筋で公爵な――」

 次々と正論でエレトーンにたたみかけられて、マイラインが負けじと反撃に出れば、エレトーンはものすごく残念そうな表情を浮かべたのだ。
 マイラインはその表情に、思わずグッと言葉が詰まった。

「私……マイライン様は、令嬢の頂点に立つ高貴な御方でずっと素晴らしい方だと尊敬しておりました」
「……え?」
「ですが……私のような小者に、こんな幼稚な所業をするなんて心底失望いたしましたわ」

 そう言って今度は涙を流し始めたのだ。
 マイラインはエレトーンのその姿に、愕然としてしまった。
 今まで、エレトーンを貶めたい泣かせたいと何度思ったことか。だが今、目の前で泣いたエレトーンを見ても、嬉しいという感情は少しも湧いてこなかった。
 むしろ、なぜか虚しい。
 しかも、自分をバカにしていると思っていたエレトーンが、実は尊敬してくれていた。そのエレトーンが、今は自分に失望して泣いている。

(違う、エレトーンをこんな風に泣かせたかったわけじゃない‼)

 マイラインの心はざわついていた。

「……あ」

 エレトーンの泣いた姿に思わず動揺したマイラインはなにも言えず、肩を落として去るエレトーンの背をただただ見ていただけだった。

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