婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
「あら、そんなことがありました?」

 後日、その話をした際にエレトーンは(とぼ)けた様子でそう返し、ふてぶてしく紅茶を飲んでいたのを思い出す。
 ――あの時。
 エレトーンの言葉で目が覚め、自分を見つめ直したマイラインは姿勢を正した。
 公爵家の娘として令嬢の手本と呼ばれるよう……表向きだけでも態度を変えた。
 変えたことによって、自分を取り巻く環境がガラリと変わるなんて想像もしていなかった。なにより一番変わったのは父だ。
 兄ばかりにかまけていた父が、あれをキッカケに自分を見てくれるようになったのだ。
 そして、エレトーンと比べ卑屈になっていた頃より、父に褒められることが断然多くなった。見向きもしてくれなかった父が『いい顔つきになってきた』『公爵家に恥じない令嬢になった』と、言葉にして褒めてくれれば、マイラインも気分がいい。いよいよ自分磨きを熱心にすることになったのだった。
 おかげで、他の令嬢たちからも、羨望の眼差しで見られるようになり、マイラインは優越感を得られた。こう見られたかったのだと、現状に満足している。
 今考えると、あの時のエレトーンに踊らされた感はある。
 だが、踊らされてよかったと思う。あの時のままだったら父には見放されていたし、エレトーンには本気で失望され、幻滅されていただろう。
 ――ただ。

(あの時のエレトーンが見せた涙は、噓だったのでは?)

 幼かったマイラインは気付かなかったが、今はそう考えるようになっていた。
 ……だが。
 エレトーンとこうして、本音で付き合えるようになったと思えばそれは些細なこと。
 彼女といるのは心地いい。親友でありライバル。この関係がいつまでも続くといいなと、マイラインは心から願う。
 そしていつか、あの時のことを懐かしんで聞けたら……それでいい。

 ※※※

「そういう、アレックスはどうなの?」

 自分の変わったキッカケを話していたマイラインは、ふと考えた。
 マイラインが変わったというなら、アレックスだってそうだ。
 マイラインの知っているアレックスは、表舞台に立つなんてことは考えない人物。目立たず、日陰を歩く王子だった。アラートが陽なら、アレックスは陰。
 いたとしても、常に誰かの陰にヒッソリと身を隠すようにしていた。
 それが最近、学園に来てはちょくちょく自己主張のような行動をしている。以前のアレックスからは絶対に考えられないことだ。
 自分がそうだったように、彼にもなにかあったのではと推測してそう聞けば、アレックスは「内緒」と、いたずらっ子のように笑ってみせただけだった。

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