婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
――そんなある日。
アレックスはいつもの通りに勉強の時間に部屋から抜け出し、秘密の通路から城を出ようと、王宮の裏側に向かっていた。あまり一般には知られていないが、王宮の裏にも庭園がある。その庭園は、歴代の王妃や王女が自分の気に入った花を育てるために、造らせたもの。
だが、現在ふたりの王妃は花を育てるのも、観賞するのも興味がないので、王宮内で飾るための花を育てる庭園となっている。そこの一角に、王族と管理者のみ知る抜け道があるのだ。
何者かに王宮を占拠されそうになった時に、逃げるための抜け道。
こんなところにいるより街で散策する方が窮屈でなく楽しいので、アレックスはそこから王城を出ようとしていた。
普段なら、こんな外れの庭園などに、管理人以外ほとんどいないのだが、今日は珍しく先客がいた。
それも、大人ではなく自分と変わらない年頃の少女が、噴水の縁に座って本を読んでいたのだ。
ここに人が寄りつくのは驚きだが、自分と近い年齢の子供がいるのはもっと驚きである。
なぜこんなところにいるのか、アレックスは思わず足を止めた。しかし、少女はこちらに気付く様子もなく、顔にかかる髪をかき上げた。
――その時。
アレックスは息を呑んだ。
少女が髪を耳にかけ、顔がハッキリと見えると――
そこには陽の光を浴び、さらにキラキラと輝いている小さな女神がいたのだ。アレックスは一瞬にして心を奪われてしまった。
「アラー……ん? ひょっとしてアレックス殿下……ですか?」
「……っ」
見惚れていたアレックスに気付いた少女が、かわいらしい瞳を丸くしてこちらを見ていた。
「え? よく、僕がアレックスだとわかったね」
ふいに名前を呼ばれ、ドキリとしたアレックス。
初めこそ遠目で、年も近く背恰好が似ている兄と間違えたようだが、少女はすぐに違うと気付いたようだ。
王宮によく来る貴族や侍女たちならまだしも、初めて会った少女が自分を知っていることに感嘆する。それが、なんだか嬉しかったから不思議だ。
「王宮にいる子供なんて限られているもの。アラート殿下とはお会いしたことはあるので……」
「なるほど」
確かに、王宮は子供の来る場所ではない。連れてこられたとして、ひとりでウロウロしていること自体が希有だ。となると、うろついてもおかしくない人物になる。消去法で答えにたどり着いたのかとアレックスは納得した。
「で、君は?」
なら、ここにいる少女はどこの誰だろうと、アレックスは疑問に思う。
「失礼いたしました。エレトーン=ハウルベッグと申します」
スカートの皺を軽く直すように手で叩き、エレトーンは姿勢を正すと、スカートを軽く摘まみ頭を下げた。
「ハウルベッグ」
四大侯爵のひとつハウルベッグ家。
公爵を除けば、事実上ナンバー1と言われている家だと、母に聞いた覚えがある。味方につければこれほど頼もしい家はないが、敵に回したら終わりだと家庭教師が言っていたあの家だ。
「どうしました?」
そんな力のある家の娘だと気付いたアレックスの顔は、つい強張ってしまっていたらしい。なにかをするわけでもしたわけでもないが、怒らせるといいことはなさそうだと、幼いアレックスなりに機敏に感じ取っていたのだ。
「ここでなにをしているの?」
「お父様を待っているの」
「ここで?」
「はい」
そう言ったエレトーンから少し離れた場所に、チラリと人影が見えた。
王族でさえ、王宮内で護衛をつけることはまずない。なぜなら王宮には、各所に警備兵がいるからだ。
だから、あの人影はエレトーンの護衛だろう。侯爵は理由があって娘を同伴させたが、今は大人の事情で待たせているのかもしれない。
アレックスはいつもの通りに勉強の時間に部屋から抜け出し、秘密の通路から城を出ようと、王宮の裏側に向かっていた。あまり一般には知られていないが、王宮の裏にも庭園がある。その庭園は、歴代の王妃や王女が自分の気に入った花を育てるために、造らせたもの。
だが、現在ふたりの王妃は花を育てるのも、観賞するのも興味がないので、王宮内で飾るための花を育てる庭園となっている。そこの一角に、王族と管理者のみ知る抜け道があるのだ。
何者かに王宮を占拠されそうになった時に、逃げるための抜け道。
こんなところにいるより街で散策する方が窮屈でなく楽しいので、アレックスはそこから王城を出ようとしていた。
普段なら、こんな外れの庭園などに、管理人以外ほとんどいないのだが、今日は珍しく先客がいた。
それも、大人ではなく自分と変わらない年頃の少女が、噴水の縁に座って本を読んでいたのだ。
ここに人が寄りつくのは驚きだが、自分と近い年齢の子供がいるのはもっと驚きである。
なぜこんなところにいるのか、アレックスは思わず足を止めた。しかし、少女はこちらに気付く様子もなく、顔にかかる髪をかき上げた。
――その時。
アレックスは息を呑んだ。
少女が髪を耳にかけ、顔がハッキリと見えると――
そこには陽の光を浴び、さらにキラキラと輝いている小さな女神がいたのだ。アレックスは一瞬にして心を奪われてしまった。
「アラー……ん? ひょっとしてアレックス殿下……ですか?」
「……っ」
見惚れていたアレックスに気付いた少女が、かわいらしい瞳を丸くしてこちらを見ていた。
「え? よく、僕がアレックスだとわかったね」
ふいに名前を呼ばれ、ドキリとしたアレックス。
初めこそ遠目で、年も近く背恰好が似ている兄と間違えたようだが、少女はすぐに違うと気付いたようだ。
王宮によく来る貴族や侍女たちならまだしも、初めて会った少女が自分を知っていることに感嘆する。それが、なんだか嬉しかったから不思議だ。
「王宮にいる子供なんて限られているもの。アラート殿下とはお会いしたことはあるので……」
「なるほど」
確かに、王宮は子供の来る場所ではない。連れてこられたとして、ひとりでウロウロしていること自体が希有だ。となると、うろついてもおかしくない人物になる。消去法で答えにたどり着いたのかとアレックスは納得した。
「で、君は?」
なら、ここにいる少女はどこの誰だろうと、アレックスは疑問に思う。
「失礼いたしました。エレトーン=ハウルベッグと申します」
スカートの皺を軽く直すように手で叩き、エレトーンは姿勢を正すと、スカートを軽く摘まみ頭を下げた。
「ハウルベッグ」
四大侯爵のひとつハウルベッグ家。
公爵を除けば、事実上ナンバー1と言われている家だと、母に聞いた覚えがある。味方につければこれほど頼もしい家はないが、敵に回したら終わりだと家庭教師が言っていたあの家だ。
「どうしました?」
そんな力のある家の娘だと気付いたアレックスの顔は、つい強張ってしまっていたらしい。なにかをするわけでもしたわけでもないが、怒らせるといいことはなさそうだと、幼いアレックスなりに機敏に感じ取っていたのだ。
「ここでなにをしているの?」
「お父様を待っているの」
「ここで?」
「はい」
そう言ったエレトーンから少し離れた場所に、チラリと人影が見えた。
王族でさえ、王宮内で護衛をつけることはまずない。なぜなら王宮には、各所に警備兵がいるからだ。
だから、あの人影はエレトーンの護衛だろう。侯爵は理由があって娘を同伴させたが、今は大人の事情で待たせているのかもしれない。