婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
一章 憂鬱な学園生活
 ――遡ること、数カ月。

「やだぁ、アラート様ったら」

 由緒あるハモンド王立学園の中庭で、淑女らしからぬ声が聞こえた。
 規律やマナーに厳しい学園で、そんな口調で話す者はごくわずか。それだけに、その甘えたような話し方はどこにいても目立つ。しかも、話し相手がこの国の王子ともなれば余計だ。
 いくら自由が許されていても、物事には大抵、節度というものがある。
 学園の意向として、“身分に関係なく平等に接する”となっているが、それは身分によって教育に差別があってはならないという意味で、なんでもではないのである。
 身分の垣根を超えて交流を深めるかどうかは、己の自由。
 それも含め、学園は学ぶ場として提供されているにすぎない。
 大抵の者たちは、卒業すれば各々本来の立場に戻ると知っている。むしろ、学園の意向をしっかりと理解し、将来のために交流の場として適度に自由を謳歌していた。
 ただ、残念ながら皆が理解しているわけではない。一部の者は自分に都合のいいように解釈し、自由と平等を履き違えていた。
 だが、そのツケは、しっかりと己に返ってくるだろう。
 卒業後に同窓生に会った時、はたして学園にいた時と同じように交流ができるのか。そこでやっと、身分や立場という現実を思い切り突きつけられても、もう遅いのである。
 それは、王太子であっても同じなのだが、アラートを見る限り考えてもいない様子だ。順調に己の首を絞めているなと、エレトーンはほくそ笑んでいた。

「お前との婚約を破棄する!!」
「え?」

 二階の生徒会室の窓から逢瀬を覗き見していたエレトーンに、そんな宣言が突然投げかけられた。
 一瞬、自分の婚約者の声を誰かが代弁したのかと、思ったが――
 いつの間にか隣に、親友でコーウェル公爵令嬢のマイラインがいたのだ。彼女がエレトーンを揶揄って言ったようである。

「はい、よろこんで?」
「ちょっと、そこは嘆き悲しむところではないの?」

 エレトーンが小首を傾げて承諾すれば、マイラインが呆れたように笑った。
 普通なら、婚約を破棄されれば嘆き悲しむもの。なのに、エレトーンは悪い冗談に怒ることもなければ、驚く仕草さえ見せないのだ。
 侯爵家の教育の賜物なのか、エレトーンのすごいところなのか、マイラインはなんとも言えなかった。

「あれのどこに悲しむ要素が?」

 エレトーンの視線の先には、少女と王子のイチャイチャしている姿が……。
 ちなみに王太子殿下の婚約者は、そこで逢瀬を重ねている少女――カリン=コード男爵令嬢ではなく、ここにいる侯爵令嬢のエレトーンである。
 当然、その婚約は昨日今日で決まったわけではない。五年以上も前に正式発表されていた。
 正式に発表されれば、この学園に通う者だけでなく市民でさえも、誰が王太子の婚約者か知る。なのに、カリンはああやって擦り寄っているのだから完全にアウトだろう。
 なにも考えてないか、優越感を感じたいのか、なんにせよイイ度胸である。エレトーンが苛烈な性格なら、彼女は今頃……海にでも浮いているに違いない。

「誰かに見られているとは思わないのかしらねぇ」
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