婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
エレトーンは婚約者の浮気現場を親友と仲よく見ながら呟いた。
アラートとカリンがいるのは部屋の中ではなく、学園の中庭。ふたりを見下ろす生徒会室にはマイラインだけでなく他の生徒たちもいるのである。現にエレトーンが見かけたように、いつ誰に見られてもおかしくない状況だ。なのに、あのふたりは気にしていない。
エレトーンはただ、呆れていた。
そんな様子のエレトーンに、マイラインの方が憤る。
「ねぇ、あなた他人事のように言っているけど、怒りは感じないの?」
「あら、やだ。知っていた? 怒りや悲しみって相手に興味があるから湧くのよ?」
「……」
『これでも怒っているのよ?』そう返ってくると思っていたのに、想定外の返答。マイラインは苦笑いも出なかった。
いくらそこに愛情がなくとも、婚約者に蔑ろにされたら普通は憤りを感じるものだ。だがエレトーンは怒りさえ湧かないほど、婚約者に関心がない。
「もう、いっそのこと、婚約を解消すればよろしいのに……」
皆が思っていても口に出せないことを、マイラインがため息をつきながら口にした。
この婚約が王命なら難しいが、アラートの生母である第一王妃からの強い要望で成立したもの。エレトーンが王妃になりたいならともかく、興味がないのなら解消の提案を、アラートなり父親である侯爵なりに持ちかけてもいいような気がした。
エレトーンが望むなら、父に頼んで公爵家が擁護についてもいいと、マイラインは考えているくらいだ。
「できるものならしたいわよ。でも、そう簡単にできないでしょう?」
同意すると思わなかったマイラインは、思わず瞠目してしまった。
いつものエレトーンなら『できればいいわね?』程度に言葉を濁して返してきただろう。だが、相当腹に据えかねているのか、珍しく頷いている。
エレトーンも初めからアラートを嫌っていたわけではない。だが、事あるごとに『お前は生意気だ』『俺を立てろ』と言われ、それらを無視していれば、『俺より賢いんだろう? これをやっておけ』と嫌な仕事を押しつけてくる始末だ。
アラートが国王になったら、この国はどうなるのだろう?と憂いていたら……最終的には、浮気《あれ》である。
エレトーンの我慢の限界も近かった。
さあ、婚約破棄だ!
といかないのが、悲しくも腹立たしい。ただでさえ貴族の婚約は、簡単に破棄や解消などできないのに、この婚約は王命ではないものの王妃からの懇願で実現したもの。受けてしまった以上は、こちらからそう簡単には白紙にできないだろう。
エレトーン側から申し出るには、色々と弊害があるのだ。
「大体、あの程度では軽いお咎めで済みそうな気がするのよね」
肉体関係があるなら強く言えるけれど、ちょっと肌に触れたくらいでは、王はもちろんだが父も一度くらいの過ちとか、若気の至りだとかホザきそうだ。
女には清純さを求めるくせに、浮気は男の甲斐性と言う。実に不条理で腹立たしい。婚約を解消するとして戦ってもいいが、どうせ戦うなら完膚なきまで叩き潰したい。
しかし、婚約の破棄を考えたとしても、今すぐに行動を起こしては失敗する未来しか見えない。今はおとなしくして、いざという時のために外堀を埋めておくことが大事だ。
いつでも叩き潰せる準備が整ってから、ゆっくりと……。
そう考えていたエレトーンは明言を避けたのだが、エレトーンを慕う者たちから声があがった。