婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
 ――着実にエレトーンの味方が増えていく中、件のアラートはなにも変わらない。
 そう、その日の放課後もいつも通り。
 アラートが生徒会の仕事を放って帰ろうとしていたので、エレトーンは思わずチクリと言いたくなってしまった。
 歴代の王太子が生徒会長の座に就いていたからといって、アラートも就く必要はない。だが、同年代に王太子がいることで皆が自然と忖度し、結果そうなっただけ。
 やりたくなかったのなら、初めから誰かに譲ればいい。しかし、そう言えないのがアラートの矜持(プライド)なのだろう。
 ――で、王太子が会長になれば、その婚約者であるエレトーンはアラートに引きずられる形で副会長になったのである。それを見かねたマイラインが、時々手伝ってくれるのが救いではあるけど。

「まぁ、アラート殿下。今日もなにもせずにお帰りですか?」

 嫌みを言っている自覚はある。
 だけど、国のリーダーになる(かもしれない)お方が、仕事を丸投げして帰路に就くなんて、ありえない。皆が言えないのだから、エレトーンが言うしかないだろう。
 エレトーンの姿を見た途端に、アラートは顔を(しか)めた。

「だからなんだ」
「生徒会は?」
「私がいなくても回るだろう?」

 だから私は帰ると嫌みったらしく笑うと、アラートは行ってしまった。
 アラートは自分がいなければできないのかと揶揄ったつもりなのだろうが、そもそも今までアラートがいなくとも回っていたのだ。回るに決まっている。そんなアラートの姿を見てエレトーンは不敵に笑っていた。
“私がいなくても”とアラートは言った。確かにアラートがいなくても……いや、いない方が回る。だが、その言葉の意味をよく考えて彼は発するべきだ。

“私”がいなくても。
“アラート王子”がいなくとも。
“次期国王”がいなくとも。

 そうとも言い換えられるのだ。彼が意図せず発した言葉だが、己の存在意義を己で否定している。なにも考えていないのだろうが、王太子自らが口にすると実におもしろい。

「ふふっ。自分をよくわかっていらっしゃる」

 彼は楽しい時間が長ければ長いほど、自分の首を絞めていることに気付いていないのだろう。
 小さくなっていくアラート王子の姿を見ながら、エレトーンは口端を上げていたのであった。

「兄上は相変わらずみたいだねぇ」

 アラートと反対方向に足を向けたエレトーンの頭上に、呆れた声が降ってきた。

「え?」

 その声にエレトーンは顔を上げ、珍しく目を見張った。

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