婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
「これで誤解される恐れはないよね?」

 アレックスは自分の従姉弟(いとこ)であるマイラインと三人ならと言いたいのだろうが、ツッコミどころ満載でエレトーンはため息しか出なかった。

「生徒会室には行きませんの?」
「教室に書類を忘れたのよ」

 見られて困るものではないが、置きっぱなしにしたくなかった。

「なら教室まで付き合おう」

 え、なんで?と思ったが、無下にすることもできず、エレトーンはそっとため息をついた。
 第二王子と公爵令嬢を引き連れて教室に向かえば、なにやら話し声が聞こえてきた。
 どうやら、隣の教室に生徒が数名残っているようである。

「あの男爵家の女、なんなの!? 私の婚約者に気安く声をかけたりして!!」
「キャサリンも!? 私の婚約者には『ありがとう』なんて言って、手を触っていたのよ!?」
「手を!? いやらしい。そういえば、一時期平民上がりだって噂があったけど、本当にそうなのかもしれないわね」
「だからって、平民にだって節度はあるわよ!」

 近付くにつれて声は大きくなってきた。

「大体あの女は、気に入らないのよ!!」
「そうそう、アラート殿下にはエレトーン様がいるのに、これ見よがしにイチャイチャと」
「人の婚約者に近付くなって言っても、バカにしたようなあの目」
「エレトーン様を差し置いて王妃にでもなれるとでも思っているのかしら」
「許せないわ!!」

 誰も来ないと思い込み、話しているうちにヒートアップしたようだ。
 ひとりの令嬢が教科書に手をかけた瞬間――

「それはダメよ」

 ちょうど教室の入口に着いたエレトーンはたまらず声をかけた。
 ただ文句を言っているだけならスルーもしたが、彼女は教科書を手にしていた。
 エレトーンが想像するに、それは彼女たちの物ではなく、不満対象(カリン)のだろう。
 ……となれば言わずもがなである。破り捨てようとしているのだと。

「「「エ、エレトーン様!?」」」

 噂のエレトーンがまさかここに来るとは思わなかったのか、その場にいる全員が(きょう)(がく)の表情で固まっていた。パクパクと口を魚みたいに動かすばかりである。

「ごきげんよう」
「「「ご、ごきげんよう」」」

 先ほどのセリフからして見られていただろうが、エレトーンが追及せずにニコリと挨拶をしてきたので、令嬢たちはドクドクと打つ心臓のあたりを押さえたり、下を向いたりとそわそわしながら挨拶を返した。

「あえて言及はいたしませんが、自分の品格を落とされるような真似はなさらないように」

 あぁやっぱり見られていたと、令嬢たち顔を見合わせる。
 同時に、エレトーンが強く言及してこないので、庇ってくれたのだと勘違いする。

「ですが……!! あの女はエレトーン様がなにも言わないことをいいことに、好き放題ですわ!!」
「アラート殿下のおそばをちょろちょろと」
「このくらいの嫌がらせをしたって……」

 エレトーンが黙って聞いていることで気分をよくした令嬢たちは、今までずっと我慢していたのか、(せき)を切ったように一斉に文句を言い始めたのであった。

「言いたいことはわかったわ。だけど、あなたたちがあの子と同じ壇上に立つ必要はないのよ」
「「「……え?」」」

 私の代わりによくやったと褒められるとは思ってはいなかったが、エレトーンは賛同してくれると令嬢たちは思い込んでいた。男爵令嬢のカリンに煮え湯を飲まされているのは、エレトーンも同じはず。
 だから、勝手に同志か仲間のような意識でいたのだ。しかし、現実はまったく違っていた。
 エレトーンは令嬢たちがやろうとしていたことに、まったく共感も賛同もしていなかった。エレトーンはにこやかに聞いていたのではなく、冷ややかに微笑んでいただけ。目が笑っていないことに令嬢たちは気付くべきだった。
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