婚約者様、ごきげんよう。浮気相手との結婚を心より祝福します
「あの子に婚約者を取られたみたいで不満なのは理解できるけど……自分の品格を落としてまでやることかしら?」
「「「そ、それは」」」
「あの子は、教科書を破られて悲しむようなか弱い女性? むしろ、あなたたちの婚約者やアラート殿下に“皆に虐められて怖いですぅ”って泣きついて、こちら側が報復されるのではないかしら?」
令嬢たちは、エレトーンに言われてやっと気付いたのか、ハッとして互いに顔を見合わせると、黙り込んだ。
怒りで我を忘れていたのだろう。
言いたくもないが、その籠絡された男どもの中に、エレトーンの婚約者がいるのだ。
エレトーンの婚約者、すなわち王太子。
恋に溺れた王太子ほど厄介なものはない。
「婚約者に恋情があるにしろないにしろ、あなたたちがすべきことはこんな低俗な嫌がらせじゃないわ」
それをエレトーンに言われてよくわかった。しかし、令嬢たちはこの行き場のない怒りをどうしていいかわからなかった。
「婚約者が好きなら、あの子にあたっても余計に嫌われるだけよ。だから、アプローチを変えた方がいいわ」
「変えるって……?」
婚約者に文句を言っても、いい返答があった試しはなかった。なら、どうしたら? と令嬢たちは思ったのだ。
「そうね。ローラ様は地がイイのだから、化粧はナチュラルに……」
「……ん!」
そう言ってエレトーンが令嬢たちに近付き、一番近くにいたローラの頬を軽く触れば、ローラは変な声を出して顔を真っ赤にする。
正直言えば、ローラが伯爵令嬢だということは知っているけど、素顔なんてエレトーンは知らない。マイラインのように家に行き来する仲でないのも要因だが、なにより化粧が濃いのだ。友人たちも同じように濃いから、正解がわからないのだろうと推測する。
だからといって、「化粧が濃い」とハッキリ言うほど、エレトーンは野暮ではない。そこはうまく濁して、ローラにはローラに合ったメイクを教えればいい。
「そちらのお友だちもよろしければいかが?」
「「ありがとうございます!!」」
羨ましそうに見ている令嬢たちも声をかければ、先ほどの怒りは吹き飛んだのか、いい笑顔を見せた。やっぱり、笑っているのが一番である。
自分を蔑ろにする婚約者のために、自分を下げる必要なんてないのだ。構ってくれないなら、婚約者を捨てる。それができないのなら、その恨んでいる時間を、自分のために有効活用した方がいい。
「そうだわ! TPOに合わせたメイクや、ドレスの講座を我が家で開きましょう」
エレトーンが改めて、侯爵家でやりましょうと提案すると、ローラたちは小さく歓声をあげた。
こうしてまた、エレトーンは知らず知らずのうちに人脈を作り人気を集めていたのであった。
「マイラインも……ね?」
エレトーンにそうチラリと見られれば、ローラたちの熱い視線も集まって、マイラインは頷くしかない。
「わかったわよ。自分磨きをするっていうなら私も手を貸すわ」
正直マイラインにとって、彼女たちなんて放っておいてもいい存在だ。だが、落ちていくさまを見てほくそ笑むほど、性格は歪んでいない。
よくよく見れば磨けばそれなりに光りそうだし、なにより身分がある令嬢たちだ。これがキッカケで今の婚約者と元に戻ったり、新たな貴族と結婚したりともなれば……。
そう思ったマイラインは、ここで恩を着せておいても損はないと踏んだのである。