バツイチの彼女

デート

 お昼の少し前、指定された銀座のルイヴィトン前に向かうと渋谷君が既に到着していた。お洒落な服を身にまとったモデル体型の彼は、完全に風景に馴染んでいるのにやたらと目立っている。声をかけづらいが素通りするわけにはいかないだろう。

「お待たせしてすみません」

「いや、時間通りでしょ?予約した店がこのそばなんだ。早速向かおうか」

 向かった先はカフェレストラン。店内には進まずエレベーターで上階の個室に案内された。

「ここのリゾットは絶品らしいよ。他にも色々選べるから、ランチコースでいいよね?」

 リゾットは帆立とチーズが濃厚な味わいで確かに絶品だった。前菜に出されたテリーヌは芸術品のように華やかなのに味も洗練されていたし、真鯛のソテーはフルーツソースが絶妙に絡み合って最高に美味しかった。これはデザートも期待できる‥‥

 だがしかし、である。なんで私は休日にイケメン常務と銀座のお洒落なレストランの個室で高級ランチを頂いているのだろうか?

「この後三越にあるアクアリウム美術館に行こう。ネットで調べたんだけど幻想的で凄く綺麗なんだ。春日さんもきっと気に入ると思うよ」

 様々な種類の金魚がアート作品として展示されてるその場所は、渋谷君の言うように幻想的で本当に美しかった。視覚だけではなく聴覚と嗅覚も刺激されるよう工夫されていて、異空間に迷いこんだと錯覚してしまいそうだった。

 あまりの素敵空間に圧倒され、休日に渋谷君とふたりで過ごしているという違和感はいつの間にか消えていた。

「凄く綺麗ですね」

「‥‥また敬語。会社じゃないんだから前みたいに気軽に話して欲しいな」

「あ‥‥ごめんなさい」

 思わず謝ってしまったが、渋谷君が会社の偉い人なことに変わりはなく、そう簡単に切り替えるのは難しい。今の私にとって渋谷君は、同級生より上司という方がしっくりときてしまうのだからしょうがない。

「謝る必要はないよ。でもこの程度でそんなに困った顔をしてたら身がもたないかも‥‥春日さんはこれからもっと困ると思うから」

「‥‥?もっと困る?」

「俺は春日さんのことが好きなんだ。高校の時からずっとね。受験が終わったら告白しようと思ってたのに、モタモタしてる間に春日さんが他の男と付き合い出して、しかもそのまま結婚まで‥‥噂を聞いた時はこの世の終わりかと思ったよ」

 当時のことを思い出しているのか、渋谷君の整った顔が苦痛に歪んだようになっている。彼の話が理解できなくて、きっと私の顔も歪んでいるに違いない。
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