バツイチの彼女

いい子の仮面

 会社を経営する家の長男として産まれた俺は跡取り息子として厳しく育てられた。2歳下に弟がいたので、物心ついた頃には兄としての自覚も促された。

 両親は基本的に優しい人達だったので、別に虐待を受けていたわけではない。ただ俺が反抗せず彼らの期待に応えようとした結果、わがままを言わないいい子に育っただけなのだ。

 そんな俺も中学になってもれなく思春期を迎え、大人達への反抗心が少しばかり芽生えた。

 一般的なそれに比べて極々かわいいものだったと思うし、なんなら2歳下の弟の方がよっぽど反抗的だったのだが、跡取り息子の反抗に祖父母が過剰反応を示した。俺の態度がほんの少し悪かったせいで関係ない母が祖父母に叱責されるのを目にし、俺の反抗心は急激に萎えた。

 それからの俺は家でも学校でもいい子の仮面を被って生活するようになった。俺がいい子でいれば世界が平和に回るのだから、それならそれでいいと思ったのだ。

 勉強は努力さえ怠らなければ親を満足させる成績をキープできたし、反抗心を持たない俺は教師にも気に入られた。皆が嫌がることを率先して引き受けることで、友人達との軋轢も避けられる。

 少しの面倒を我慢して大きな面倒を回避しながら数年を過ごしたが、それはある日突然破綻した。

 年を追うごとに俺への要求は増えていき、誰もがそれを当然のように押し付けてくる。でも今更いい子の仮面を脱ぐわけにはいかず、俺は必死でその状況に耐えていた。

 そして高3になり、新たに大学受験というプレッシャーが加わった。面倒ごとを押し付けられる機会も激増し、その時の俺は常に苛立ちを感じるようになっていた。

 その日もアンケートの集計と提出物の回収を頼まれ、放課後にひとり教室に残って作業をしていた。簡単な作業だし、普段ならサクッと終わらせてしまえるはずだった。

「なんで俺ばっかり‥‥」

 不意に口をついて出たその言葉は、俺が長年ためこんだものだったのだろう。我慢が限界を越え、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなった。

「なんで!なんで俺ばっかり!なんで俺がやらなきゃなんないんだ!こんなこと!俺だってやりたくないに決まってるじゃんか!」

 机にまとめて置いてあったノートやプリントを怒りにまかせてなぎ払った。バサッという音と共にプリントが遠くまで広がり‥‥その先に女の子が立っていた。同じクラスの春日さんだった。
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