バツイチの彼女

春日さん

「渋谷君‥‥大丈夫?」

「ごっごめん!ちが‥‥違うんだ!俺‥‥俺は‥‥」

 慌てて涙を拭い、散らばったノートやプリントを拾い集めようとしゃがみこんだ。

「渋谷君!」

 大きな声で名前を呼ばれ、動きを止める。

「後は私がやっておくから。渋谷君、今日はもう帰った方がいい」

「いや‥‥でも‥‥」

「大丈夫。これくらい私でもできる。あー‥‥それと、このことは絶対誰にも言わないって約束する。だから安心していい。今日は何もせずに家で休んで、明日は必ず元気になって学校に来てね?」

 春日さんに荷物を押しつけられ、俺は逃げるようにその場をあとにした。そして言われた通り家に帰ってベッドに潜り込む。

 癇癪を起こして泣いて暴れて‥‥高3にもなって俺は何をやってるんだ。しかもそれをクラスの女の子に見られた。恥ずかし過ぎる。明日からどんな顔をして学校に行けばいいんだ!?

 ‥‥ああ、そうか。だから春日さんは『必ず』学校に来いと言ったのか。

 『大丈夫』『安心していい』

 彼女の言葉がまるで魔法のように心と体に染み渡り、俺はそのまま朝までぐっすり眠ることができた。

 翌日いつも通りに登校した俺は、朝からずっと春日さんの様子を伺っていた。

 彼女から話しかけてくることはなく、昨日のことなんてなかったみたいに過ごしている。約束通り、昨日のことは誰にも言わずにいてくれてるのだろう。

 だからって、このまま何もなかったようにやり過ごすことはできない。

「春日さん」

 彼女がひとりになるタイミングを見計らって呼び止めると、少し気まずそうな顔をされてしまった。

「あー‥‥昨日のことは誰にも言ってないから大丈夫。本当に、気にしないで大丈夫だから」

「いや、そうじゃなくて。お礼を言いたくて」

「そんな、全然たいしたことしてないし」

「そんなことない。本当、色々、ありがとう」

「渋谷君‥‥あんまり無理しない方がいいよ?」

「え?」

「私も似たところがあるからなんとなくわかるけど、渋谷君のは度が過ぎてると思う。ある程度の我慢は必要だよ?でもそれに慣れ過ぎるのは良くない。渋谷君がいなくても世界は回るようにできてるんだから、渋谷君が全部やる必要はないし、いくら渋谷君でも絶対全部はできないでしょ?」

 別に自分が世界を回してるつもりはなかったが、彼女が言いたいことはそういうことじゃないんだろう。少なくとも、彼女の言葉で肩の荷が驚く程軽くなるのを感じた。
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