バツイチの彼女

龍一の願い

『いまだに翠ちゃんのこと諦めてなかったとは‥‥渋谷君て意外と粘着質だったんだね?念のため連絡してみて良かったよ』

 田所さんとはなんとなく疎遠になっていたのだが、春日さんの離婚を知って一番に連絡をくれたそうだ。ありがたい。

『でも翠ちゃん、大変だったみたいだし、しばらくは恋愛とか無理じゃないかなー?渋谷君の気持ちもわからなくはないけど、強引に迫るようなことはしないであげてね?』

 久し振りに会った春日さんは高校の時の幼さが消えて凄く綺麗になっていた。田所さんから事前に注意を受けていなかったら、想いが弾けてその場で告白していたかもしれない。本当に危なかった。

 おかげで自然な形で連絡先を交換し、一緒に働けるようにもなった。離婚したばかりの彼女に他の男の影はなく、社内にだけ目を配っておけばそう慌てる必要はなさそうで、とりあえず安心する。

 半分騙すような形でデートに誘いだし、10年越しの重さを感じさせない程度に告白も果たした。

 彼女が俺のことをどう思っているかは正直わからない。だけど、俺はなんとしてでも彼女を手に入れたかった。

 松本さんが産休に入るタイミングで総務にもうひとり人を増やし、彼女には総務部付のまま役員補佐をやってもらうことが決定した。俺の結婚を半ば諦めかけていたらしい父が、彼女のことを話したらノリノリで協力してくれた結果である。

 彼女との関係は大きく進展はないものの順調だといえるだろう。配置替えで一緒にいる時間が増え、毎日色んな形で『好き』を伝えているが、最近は抵抗なくそれを受け入れてくれるようになった。最初はぎこちなかった休日のデートも、今ではリラックスして楽しんでくれていると感じる。

 彼女の結婚生活がどんなものだったかを俺は知らない。その傷はどの程度のもので彼女にどう影響しているのか。そしてそれはいつか癒えるのか‥‥俺との関わりが少しでも彼女の癒しになっていればと願わずにはいられない。

 欲をいえば俺は彼女の恋人になりたいし、結婚して彼女と生涯を共にしたい。

 だが大切なのは体裁ではなく彼女が幸せであることで、彼女を幸せにするのは俺であることが重要なのであり、それこそが俺の望みだと気がついた。

 そう‥‥俺が手に入れたいのは彼女じゃなくて彼女の心なんだ。彼女にも俺を好きになってもらいたい。だから彼女を急かすようなことはしたくないのだ。

 今はただ彼女との時間を楽しもう。それで少しでも彼女が癒されてくれればと、心からそう思う。
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