バツイチの彼女
 結婚後は貴之さんの実家のそばに家を借りて生活していた。

 仕事を辞めた私は家事を終えれば日中やることも特になくて暇をもて余していたが、姑が頻繁に訪ねてくることにストレスを感じていた。

 食事の内容、掃除や洗濯のやり方‥‥ありとあらゆることに干渉され、その内容は私の服装やメイクにまで及んだ。『女はこうあるべき』という姑の持論を押し付けられ、それに反する言動をすれば糾弾される。

 貴之さんはいい意味でも悪い意味でも変わらない。私が我慢していれば問題は起きないのだから、私と姑に関しては見て見ぬふりを貫き通しているようだった。

 私達の結婚生活は私の我慢を前提にして成り立っている。

 姑からの指摘を改善し続ければいつか何も言われなくなるのなら我慢もできるが、果たしてそんな日はくるのだろうか。

 答えは多分『NO』だ。

 姑がいう『理想の嫁』は最早ファンタジーの域に達しているし、最近は『空想の悪女』を私に見立ててお小言を言うのが彼女の定番になりつつある。正直付き合いきれないが、適当に聞き流したりしようものなら今度は態度がなっていないとキレられる。

 姑に何を言われてもできるだけ気にしないようにはしていたが、そんな日々の積み重ねで私の心は疲れきっていた。

 貴之さんがお休みの日、夕飯の買い物をして家に戻ると、リビングから姑の話し声が聞こえてきた。

「結婚してもう3年よ?一体いつになったら孫の顔を拝ませてもらえるのかしら?あんな石女(うまずめ)掴まされて、本当失敗だったわね」

「うまずめ?」

「子供を産めない女のことよ。昔は3年子供ができなければ石女と言われて離縁されてたの」

「ふーん‥‥まあ30歳までに子供が欲しくて結婚したわけだし、成功したとは言い難いよな」

「もう離婚したら?その気があるなら知り合いのお嬢さんを紹介してもらうから、再婚してやり直せばいいじゃない。若い子をもらえば子供なんてすぐできるわよ。貴之だってまだ30歳なんだし、今なら十分間に合うはずよ」

「うーん‥‥そーだなー‥‥まあ、考えとくよ」

 姑からは子供のことをうんざりする程言われていたからもう慣れていると思っていた。でも本当は慣れたのではなくて麻痺していたんだと思う。

 リビングへと繋がるドアの前でふたりの会話を聞きながら、私の中で何かが砕ける音を聞いた気がした。

 何も聞かなかったふりをして元の生活に戻ることもできたかもしれない。だけど私は目の前のドアを開け、前に足を進めることにした。
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