バツイチの彼女

『好き』

 それ以降、女性社員からの敵意を感じることがなくなった。

 渋谷君が私を守るために何か手を打ったのは明らかで、それが素直に嬉しかった。つらい時に無条件で味方になってくれる人がいるというのは、こんなにも心強いものなのか。

 渋谷君と貴之さんを比較してしまう自分をどうしても止められない。貴之さんにはなかった絶対的な安心感が渋谷君にはあり、それをあの時貴之さんが与えてくれていたら‥‥と考えてしまう。

 貴之さんになかったことのもうひとつは、彼がやたらと私を褒めることだろう。渋谷君がなんでもないことで手を変え品を変え毎日のように褒めてくれるおかげで、姑に削られまくったはずの自己肯定感がかなり高まった。

 どちらがどうという話ではない。私の結婚生活において決定的に足りなかったものを、意図せずに渋谷君が満たしてくれただけなのだ。

 離婚をあまり引きずらないで済んだのは渋谷君のおかげだ。仕事が大変過ぎることもあるけど、何より彼が精神的な支えになっているのは否定のしようがないだろう。

「春日さんが淹れてくれるコーヒーはなんか美味しいよね。凄く好きだな」

 渋谷君は今日もさりげなく私に『好き』を伝えてくれる。この瞬間を心地よいと感じるようになったのはいつからだっただろうか‥‥

「ありがとうございます」

 お礼を言って席に戻り、自分もコーヒーを口にしながらふと考える。

 離婚したばかりの頃は『恋愛なんて地雷でしかない』と思っていたし、こうして好意を伝えられるのにも初めは抵抗を感じていたはずだったのに、いつの間にか自然と受け入れるようになっていた。

 最初のデートで告白されて以降、渋谷君は直接的な『好き』を言わなくなった。多分私に返事を強要させないための優しさなんだと思う。

 私は彼のその優しさに甘え続けていた。

 離婚して半年以上が経過し、疲れきっていた心は渋谷君のおかげでかなり癒されていた。こんなにも魅力的な男性に好意を寄せられ、優しくされているのだ。好きにならない方がどうかしている。

 だけど私は仕事に集中することで自分の気持ちから目を背け続けた。

 恋愛の先には結婚があり、その更に先には子供が‥‥

 『石女(うまずめ)

 あの日、ドアの外で耳にしたその言葉が私の心に突き刺さる。

 私は渋谷君を好きになってはいけなかった。卑怯な私は重要なことを彼に言わないまま、彼の貴重な時間を奪い続けているのだ。
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