バツイチの彼女

離婚の理由

「私、渋谷君に話したいことがあるんだ」

 同情して欲しいわけじゃない。事実をありのまま話すだけだ。でもその事実はかさぶたと同じで、剥がそうとすると痛みを伴う。

「私が離婚した理由なんだけど‥‥‥‥」

 言葉を詰まらせた私を渋谷君が心配そうな顔で見つめてくる。痛みはきっと一瞬だ。この優しい人をそれで解放できるなら、それくらい我慢できる。

「私が‥‥妊娠‥‥できなかったからなの。もちろん原因はそれだけじゃないんだけど‥‥それが離婚のきっかけになったんだ」

 言ってしまった。でも胸につかえてたものがなくなって、少しだけ楽になった気がする。

「なんで‥‥俺に離婚の話をしてくれたの?」

 彼は困惑してるんだろうか?私が想像していた反応とあまりに違って、渋谷君の表情からでは感情が読み取れない。

「いや‥‥だから‥‥私が妊娠できないことを渋谷君に伝えようと思って‥‥?」

 一瞬で終わると思った痛みが、思いもよらない形でえぐられているのだが‥‥これは一体どういうことなんだ?

「それって‥‥春日さんが俺との将来を考えてくれてるってこと‥‥?」

 ん?あれ?発想が斜め上過ぎないか?どうしてそうなった?

「いや、そうじゃなくて。私とは子供が望めないから、未来がないって話なんだけど‥‥?」

「え?なんで?‥‥あ、そうか、なるほど。春日さんにとっては結婚と子供が同義なのか‥‥?だとしたら‥‥いや、そういう意味じゃない‥‥?」

 渋谷君が何やらひとりでぶつぶつと考え込んでしまった。

「あの‥‥?渋谷君は渋谷繊維を受け継ぐじゃない?子供がいないと困るでしょ?だから‥‥」

「あー!そういうこと!?それなら全く問題ないよ?跡継ぎが俺の子供である必要なんて全然ないし。優秀な人が跡を継がないと会社が潰れちゃうでしょ?血縁にこだわるなら弟に子供が産まれるし従兄弟もいる。第一、俺に子供がいたところで跡を継ぐかはその子次第だからね」

 え?どういうこと?私が子供を産めない体でも許されるの‥‥?

「もしかして‥‥最近春日さんが暗い顔してた理由は、それを気にしてたからだった?」

「だって‥‥私じゃ‥‥渋谷君を幸せにしてあげられないと思って‥‥」

「そっか‥‥気づいてあげられなくて、本当にごめん。ひとりで辛い思いをさせてたんだね‥‥」

 固く握られていた私の拳に、渋谷君の手が優しく重ねられた。その温もりで、私の心を縛り付けていた何かがほぐされていく。
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