バツイチの彼女

妊娠

 龍二さんが常務になって半年。引き継ぎはほぼ完了し、先月松本さんが復帰して、これまでの忙しさが嘘のように余裕のある日々を過ごしていた。

「うちの愛子がついに立ったんだ!もうすっごい可愛いんだよ!翠さん、次の休みに会いにくる?代わりに今日はもう帰ってもいいかな?」

「最近風邪気味だし遠慮しときます。愛子ちゃんに移したりしたら呪われそうですし。だからまだ帰ったら駄目ですよ?早く帰りたいならさぼってないで仕事して下さい」

「え?翠さん風邪引いてるの?愛子に移ると嫌だから俺にも移さないでね?早めに病院行った方が長引かなくていいんじゃない?」

 龍二さんは渋谷君に負けず劣らず大変優秀な人だった。元々愛妻家だとは聞いていたが、娘愛も加わって聞きしに勝る面倒さなのである。

 彼に風邪を移したりしたら本当に面倒そうなので、言われた通り早めに病院に行って薬を飲んだ方がいいかもしれない。

「そしたら今日は病院に行くので少し早めにあがらせてもらいますね?」

「え?翠さんだけずるくない?」

「常務はちゃんと仕事して下さい。じゃないと社長に言いつけますよ?」

 脅し文句を残し、早退して会社近くの病院へと向かう。

 受付を済ませ、問診票を記入する。最後の項目を記入しようとして、ふと疑問がわいた‥‥あれ?私、最近生理が来てなくない?

 慌てて受付の女性に相談し、尿検査をしてもらうことにした。

「妊娠してますね、早めに産婦人科を受診した方がいいですよ」

 え?なんで?私は石女なのに‥‥?

 大慌てで産婦人科を探して検査を受ける。

「妊娠10週に入ってます。特に問題はなさそうだけど‥‥結婚はされてないんですね?もし産まない選択をされる場合、12週からは中期中絶になるのでおすすめはできません。どうするか早めに検討するようにして下さい」

 え?中絶?12週ってあと半月もないってことだよね?え?何?どうしたらいいの?

 産婦人科を出てすぐに渋谷君に連絡する。

「もしもし?私‥‥妊娠してたみたいで‥‥あと半月以内に中絶しないと大変みたいで‥‥私‥‥どうしたら‥‥」

『え!妊娠!?本当に!?え?待って?中絶ってどういうこと!?翠?今どこ?すぐに行くからちょっと待ってて!?』

 突然の妊娠で私は混乱していた。パニック状態の私が中絶なんて口走ったことで渋谷君が会社で大騒ぎしたため、私の妊娠は安定期を前に公然の秘密となってしまったのだった。
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