バツイチの彼女
 すぐに駆けつけた渋谷君が私を連れて産婦人科にとんぼ返りし、医師からちゃんと説明を受け、中絶騒ぎは即日終息した。

「翠が無事で本当に安心した‥‥それで‥‥ここに俺と翠の子供がいるんだね?」

 渋谷君が恐る恐るといった感じで私のお腹にそっと触れる。

「嘘みたいだ‥‥俺は今、実はすっごく嬉しいんだけど‥‥翠がどう感じてるか、聞いていい?」

「もちろん私も嬉しいよ?‥‥だけど、まだ実感がわかなくて‥‥私達結婚もしてないし、本当に喜んでいいのかよくわからなくて‥‥凄く戸惑ってる‥‥」

 私の言葉に渋谷君が安心したように微笑む。

「翠も嬉しいと思ってくれてるなら、俺と一緒に喜んで欲しいな。結婚のことは‥‥翠に抵抗がないなら、俺としてはすぐにでもしたいくらいなんだけど‥‥翠はどうしたい?」

 結婚‥‥渋谷君のことは好きだけど、抵抗がないと言ったら嘘になる。

「もし翠が結婚を望まないなら俺はそれでもいいと思ってる。結婚という形じゃなくても、俺と翠とこの子で、家族としてうまくやれる方法を探せばいいと思わない?」

 渋谷君はいつも私の気持ちを一番に考えてくれる。かといって自分の気持ちを蔑ろにすることもなく、ふたりで納得できる道を諦めずに模索するのだ。彼の辞書に妥協の文字はない。

「龍一君となら、きっと大丈夫。だから、私と結婚してくれる?」

「ちょっと嘘でしょ!?プロポーズ!俺がしたかったのに!本当待って?やり直させて!?」

 こんな感じで離婚から1年半、妊娠がきっかけで私は渋谷君と結婚することになった。

 小規模ではあるが年末に式と披露宴をすることになり、私の体を気遣って渋谷君が怒涛の勢いで準備を進めている。

 妊娠の経過は順調で、体調の変化はほとんどみられない。龍二さんに病院に行けと言われなければ、お腹が出てくるまで気づけなかった可能性すら感じる。

 妊娠が公になったことで社内で私達の関係を隠す必要がなくなり、渋谷君が堂々と私の世話を焼いて回るようになってしまった。恥ずかしいからやめて欲しい。

「翠、そろそろ帰ろう」

 毎日の送り迎えも強制執行である。会社のそばで新居を探しているらしいので、それまでの辛抱だ。

 いつものように車で送ってもらい、自宅の前でおろしてもらう。毎日のことなので親への挨拶は省略だ。

「翠!」

 聞き慣れた声に呼び止められて振り向くと、そこにいたのは、私の元夫、貴之さんだった。
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