バツイチの彼女

事件の顛末

 事故から一夜明け、私は病院にいた。

 追突時に頭を強く打って脳震盪を起こしていた渋谷君は、検査の結果特に問題なく無事退院が決まった。

 ドライブレコーダーとガレージの防犯カメラに全て映っていたため、事故の原因は昨夜の内に明らかになっていた。

 車のそばに倒れていたのは貴之さんだった。彼が渋谷君の運転する車の前に飛び出し、それを咄嗟に避けた渋谷君がガレージに追突した。車と接触していない貴之さんは当然無傷で、動かなくなった車に自ら体当たりして失神した振りをしていたらしい。

 私と復縁するために渋谷君を排除しようと考えた貴之さんは『渋谷君が車で貴之さんを引き殺そうとした』という状況を作ろうとした。それがこの事故の顛末‥‥

 貴之さんは自分に不妊の原因があると知った辺りから少しずつ調子を崩し、ひと月前に仕事で大きなミスをしたそうだ。その後会社を休み続けて症状が悪化。完全に精神のバランスが崩れて現実と妄想の区別がつかなくなり、私の元を訪れたのだ。

 所々正気を感じる部分はあるものの、彼を刑事責任に問うことは難しいかもしれない。心神喪失が認められれば無罪になり、措置入院となるはずだ。

 彼が完全に正気を取り戻せばおそらく退院は可能だが、その頃私は渋谷君の妻となり子供も産まれている。彼が本当に正気なら、今回のようなことはもう起こらないと信じたい。本来の彼は優しい人なのだ。

 退院の手続きが終わり、家に戻るために病院のエントランスを出たところで姑に遭遇した。

「あなたのせいで私達はもうボロボロよ!あなたと結婚したから貴之は不幸になった!全部あなたが悪いんだわ!この疫病神!」

 ああ‥‥この人も普通じゃない。外側からだと姑の異常さがはっきりと認識できる。やっぱりあの時は私も普通ではなかったんだ。

「柴崎さん。彼女は被害者で加害者はあなたの息子さんですよ?彼をあそこまで追い詰めたのは間違いなく母親のあなただ。あなたはいかれてる。考え方が歪んでいて普通じゃない。もう俺達には関わらないで下さい。必要なら法的に手続きをとらせてもらいます。翠、行くよ」

 渋谷君に追い立てられるようにタクシーに乗り込んだ。

「何を笑ってるの?」

「いや、だって‥‥いかれてるって酷くない?」

「しょうがないだろ?それ以外に的確な言葉が見つからなかったんだから」

 『いかれてる』

 それは私が姑に言いたくても言えずに3年間飲み込み続けた言葉だった。渋谷君が私の代わりにそれを言ってくれたのだ。胸のつかえが完全に取れたと感じる。想像を絶する程の爽快感だった。
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