バツイチの彼女

再就職

「もちろん春日さんの希望もあるだろうし条件が合わなければ無理強いはしないけど、候補の上位に加えてもらえたら嬉しいな」

 そう言って渋谷君に名刺を渡され、後日詳細を話したいからと連絡先を交換した。

 帰宅後『渋谷繊維』について調べてみると繊維系の製造販売をしている企業で、小規模だが独自に研究開発をしながら堅実な経営をしている立派な会社だった。

 そして渋谷君の肩書きは『常務取締役』‥‥運命なんて言ってたけど、そんな言葉に甘えてしまって本当にいいんだろうか?あまりにも曖昧な誘い文句に迷いが生じる。

 とはいっても、考えていただけでまだ何もしていなかったやる気のない私より、渋谷君の方が行動は何倍も早かった。迷ってる間に彼から連絡が来てしまい、あっという間に面談という名の食事の予定を入れられてしまう。

 翌週、渋谷君の会社近くにあるイタリアンバルに、ランチタイムを少し過ぎた時間で待ち合わせた。

「春日さん、お昼は済ませちゃった?俺はまだ食べれてなくて、なんか頼んでもいい?」

 渋谷君はラザニアとパスタのセット、私はカプレーゼサラダをオーダーした。食事がくるまでの間で簡単な業務内容や採用時の待遇がざっと説明され、資料を手渡される。

「これに詳細をまとめてあるから、帰ってじっくり検討してみて?」

「お仕事忙しそうなのにわざわざ時間を作ってくれた上にこんな資料まで用意してくれて本当にありがとう。真剣に考えてみます」

「春日さんなら人となりもわかってるし、下手に募集をかけるより確実だと思ってるんだ。俺を助けると思って是非前向きに考えて欲しい」

 その後普通に食事を済ませ、数日中に返答すると約束して渋谷君と別れた。

 私にはこれといったスキルや経験がない。3年のブランクもある。高望みをするつもりはなくてもそう簡単に仕事が見つかるとは考えていなかった。なのにこんなにうまい話があっていいのだろうか?

 でも、せっかくの好意を『なんとなく気後れする』という理由で断るのも惜しい気がする。

 ここは思いきって渋谷君の誘いにのり、甘えさせてもらった分は入社してから一生懸命働くことで少しずつ返していこう。

 私にできることなんて大してないと思う。けどせめて雇ったことを後悔されないよう、精一杯努力しなければ。

 私は渋谷君に入社の意思を知らせるメールを送り、翌月社会復帰を果たした。
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